見出し画像

神楽坂怪奇譚『棲』/感想

泣いた。

芝居を観て泣いた。

久々の体験に、熱を冷ますことができずに筆を取った。

(写真は先日眺めた月。人を食ったみたいに綺麗だったからカメラを向けたのだけど、スマートフォンではぼんやりと赤い丸がそこにあるだけなのがなんとなく寂しい。)

8月18日
アーカイブにて、神楽坂怪奇譚『棲』(泉鏡花役:斉藤壮馬さん/女役:福山潤さん)を視聴した。

斉藤壮馬さんの名前に釣られて、いつも通り配信チケットを買った。
お相手の福山潤さんも幼い頃からお世話になってきたし、「怪奇」というものにも興味があったけれど、作品そのものというよりかは、いつもこの声優さんは全て追っているから、という理由で、その行為は機械的ですらあったと思うほど、なんとはなしに見始めたのだ。

もちろん、部屋は暗くして。
せっかくだからとテレビに映してみたら、部屋が真っ赤に染まった。

自粛期間といえど、数多くの配信を見たり、時には劇場まで足を運び観劇をしたりと、常にお芝居に触れてきたつもりではいたけれど、そのどれとも違う興奮に思わず武者震いした。
お芝居の凄みに、引き込まれる気持ちの良さに、冷や汗が伝う恐ろしさとは反対に、わくわくして、ドキドキして、泣いてしまったんである。
すごい、こんな経験は久しぶりか、初めてかもしれないと思った。
確かにお芝居を見て泣いたことは何度もあるけれど、ここまで純粋な涙はそうない。

推しがお芝居をしているだとか、内容が心を打つものだったとか、そういった経緯でいつのまにか泣いてしまっていることはままある。
だけれども、ここまで純粋に、畳み掛ける役者の芝居に、飲み込まれて、のめり込んで、感情がそのまま堪えきれずに体の外に流れ出してしまうなんてことは、多分奇跡みたいな体験だった。

照明やカメラワーク、音響、回転する舞台装置と演出もかなり凝っていて、朗読だからと舐めてかかっていた分、臨場感に目が離せなくなった。
役者の演技もさることながら、引き込む力は台本にもある。
語られる言葉一つ一つが感情を撫でて引き込んでいく。
そこに身振り手振りはいらないし、モノローグもいらない。
照明やカメラワーク、役者の表情に言葉や声が重なって、そこに役の心情と恐怖を映し出す。
役者二人の物理的関係においても、物語の設定上においても、二人の視線が交わることはないのに、そこに互いを見据えて言葉をぶつけ合っている。

声優と俳優のどちらもを追いかけている為、それぞれの芝居については常々考えている。
なんとなく違いを分かりながら、言葉にしようにも雲を掴むような気分でもどかしさを感じていたけれど、俳優は自分自身に役を投影するのに対して、声優は媒体なのだと思った。
役になってみせる芝居と、自分の手を離れていく言葉達に息を吹き込む芝居。
どちらも役柄やジャンルによって、全く別人のようだと感じることがあれど、俳優とは違い、そこにはそもそも「声優」の姿は存在しない。
紡がれた言葉は生きて、歩いて、ここまで届く。

なんだこれ、気持ちいい。

それが最初の感想だった。
そうして気がつくと泣いていた。

福山潤さん演じる女は艶っぽく、不気味なほど美しい。
もちろん、女性の顔など見えないのだけれど、色や艶が手に取るようにわかる。
序盤は品のいい、親しみやすい魅力を感じ、物語が進むにつれ、取り乱した泉鏡花と、冷静沈着な女との対比が恐怖を煽り、不気味さが勝る。

斉藤壮馬さん演じる泉鏡花はなんといっても感情の起伏だろう。
時折見せる動揺の違和感や、荒くなる呼吸。
全身が震えるような、何かに憑かれたかのように激しく感情をぶつける芝居。
壮馬さんの持つ人を惹きつけ、引き込む魅力が好きなのだが、それを改めて感じさせる気迫があった。

途中回想シーンを含み、空気がピンと張り詰めたかと思えば、朗らかに微笑む。
その緩急が少しずつ心拍数を上げていく。

「念を込めて書いた話には何かが棲んじまう」まさに、物語が蠢いていた。
言葉と声の力に、あるはずのない情景が恐怖と共に押し寄せてきて、溺れてしまうかと思った。
役者二人のお芝居がヒートアップしていくほどに、演出もより苛烈に変化していく。
あまりの臨場感に、読み手のお二人に「読まされている」という感覚がしたほどに。

配信という形式だからこそできる演出、それらが全て生であることがこの素晴らしい時間を作り出したのだと思うと、こんな情勢も少しは楽しめるような気がする。
芝居の凄みに、物語や言葉の力に飲み込まれるような貴重な体験をした。
いつか配信ではなく、この目で、生で観たいと心から思った。

多分、私の耳や心にも、読み手のお二人の声が、言葉が、物語が、

棲んでしまったのだと思う。

(余談だけれど、泉鏡花さんの小説を読んでみたくなった。タイトルから好みのもの揃いである。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?