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沿線の白昼夢


視力を制限された病院の待合室ほど退屈なものが、この世にあるだろうか。

数ヶ月前に、眼鏡を作るための視力検査がきっかけで目のちょっとした症状が発覚し、その経過観察のために、某駅近くの病院へ定期的に通っている。

環境の変化によるストレスが原因か、あるいは過去の怪我の後遺症かは分からないが、処方された薬を飲めば恐らく改善する……と医師から言われている。

その経過観察に必要な目薬の副作用で、数時間の間だけ視力が大きく低下するということだ。

ある程度の範囲内の物体はハッキリ見えるのだが、細かい文字はほとんど見えない。そのため、ネット記事やSNSも読みかけの小説も読めない。
順番待ちで呼ばれることを考えると、イヤホンで音楽を聞くこともできないので、暇つぶしの手段がほとんど無い。

せいぜい、仮眠を取って仕事の疲れを少しだけ和らげることくらいしか、できることがない。

検査を終え、近くの薬局で処方箋を受け取ったあとも、解像度の低い世界がしばらく続く。

一種の目眩しとしか思えない、目の撮影で光を直視させられたせいか、日差しを受ける地面がやたらと眩しい。そのため、小さい階段を危うく踏み外しそうになった。

うだるような暑さの中、日々の仕事の疲れと検査の気疲れが入り交じった体を、無理やり引き摺るように動かす。
熱中症や脱水症状の前兆とは違った、頭がボンヤリするような感覚すらも覚える。まさに夢の中にいるような。

だからその後入った、Googleマップで予め目星を付けていた飲食店でも、まるで異国へ旅する夢を見ているような気分だった。

個人経営の飲食店の雰囲気が好きだ。店のオーナーにしか創れないオリジナルの空間にオリジナルの料理。客達との程よい距離感。

店員と客との楽しそうな会話を聞く度に、微笑ましく思うと同時に、羨ましくもなる。
かと言って、人よりコミュニケーション能力の低いこの自分が常連客になったところで、知り合いと同じ感覚で店員と話が出来るのだろうか。
相手から話を振られた時はともかく、自ら話のきっかけを作るのが絶望的に苦手だ。

だからせいぜい、会計の時に「美味しかったです」「また来ます」と、相手に伝わってるか分からない笑顔で言うことくらいしか私には出来ない。
それでも、そういった言葉は嘘でも社交辞令でもなく、本音だということは、自信を持って言える。言い換えれば、本音の時以外、そうした言葉は使わないようにしている。


視力が徐々に回復し、短い夢の終わりが近づくのを感じながら帰路へ向かう。
気づけば蝉が鳴きはじめ、高校生はとうに夏服に身を包んでいる。

人一倍汗をかきやすい自分の体質は恨めしいが、夏の雰囲気は悪くない。
そう思いながら、待ち時間に続きが読みたくても読めなかった、長編ミステリーの文庫本を開くのだった。ああ、また一人犠牲者が。



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