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インタビューをする前に食事が喉を通らないのは、「覚悟」か「自律神経」か。

テレビディレクターとして数百人のインタビューをしてきたので、いまはインタビュアーな仕事もしている。

あしたもインタビュー。

取材の前提確認と、この大枠で聞いたら記事は成立するなという想定と、深掘りするための解像度あげと、こんな質問したら何か掘り当てられるかもという可能性出しと、、

1つのインタビューに対して、そんなことを一通り考える。

それが終わると、
「よし、あとはご本人に対峙するのみ」と肝が落ち着く。

そして、取材直前には食事が喉を通らなくなる。

何百人のインタビューをしてきたけど、この「食事が喉を通らない」は、決して悪い状態ではないと捉えている。

「いざ。」

という覚悟が体中に詰まった感覚で、怖いとかハラハラとか、そんなものは全然ない。

有名な方が相手であっても、市井の方であっても、取材の手順と感覚は同じ。


そして今日も、その「喉を通らない」感覚が来た。フライング気味に。

まだまだ20時間後くらいのインタビューなのに、取材の最終確認をしていたら、体の中に覚悟が満タンになってしまって食欲が入る隙がなくなった。

エネルギー切れが一番良くないから、お弁当売り場に行き、お弁当は食べられそうにもないからツナマヨおにぎりを買う。

ヨークベニマル産のツナマヨ

と、これを書いていたらお腹が減ってきた。

あしたは始発の電車で出るので、そこらへんが「フライング喉通らない」になったのかもしれない。


インタビューは、聞いてみないことには何もわからないけど、準備ゼロでは深まらない。

相手やテーマにアンテナを立てたうえでインタビューの土俵に立つと、キーワードに反応するセンサーや、他の情報とのリンクに気づくセンサーがはたらく。

お昼にツナマヨを食べ、今夜の夕飯作る気にならないので小2息子とお弁当を買い食いし、あしたの朝ごはんは移動中に食べ、インタビュー直前には自分の準備した資料を眺めて改めて「よし。」と最終スイッチを入れる。

「食事が喉を通らない」を冷静に考えれば、ある種の自律神経の乱れなんだと思う。でも、大切にひと現場ひと現場を迎える上での、結構大事なルーティーンかもなと思い、ここに記録す。

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