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舟を降りる |詩のような物語

この舟を降りることに決めた。

 川は流れて舟を運んでいる。舟は川の流れに逆らうことなく進む。激流をも超えて。舟に乗る人々は迷うことなく乗り続ける。舟は人を守る。ガタガタと揺れて、右に左に振り回しながら。よろけて落とされそうにもなるが、それでもなんとか乗り続ける。舟の底に穴があいても、水がたくさん入っても、何かで塞いでごまかしながら。

川は流れて舟を運ぶ。

 舟から見える景色はどこまでも遠い。手を伸ばしても届かない川原の小石は灰色。角をなくして佇む。緑は深く、空は青く、雲は白く。空を飛ぶ鳥が話しかける。

「舟の暮らしは楽しいかい?」

 鳥は身体を風に預け、のんびりと舟を眺める。大きく弧を描き舟に近づき離れる。優雅に羽を振り、高く舞い上がる。

「さよなら」

 舟は川を進む。止まることなく進む。進む。鳥を置き去りにするみたいに。鳥はどんどん離れていく。小さくなる鳥は、また羽を振った。

「さよなら」

川は流れて舟を運ぶ。

 大きな岩を避けて、激流に落ち、越えた。人々は恐怖の言葉を口々に叫んだが、舟は進む。振り落とされるより、不平不満を言いながらも、しがみついた方がましだと思った。不満を紛らわすためなのか、尾鰭のついた噂ばなしに花を咲かせ、おどけた歌が流行りだし、舟の中は賑やかだ。賑やかで虚しく心の芯は冷えた。

 舟から見える景色は暖かい。太陽が川面を照らした。柔らかい水飛沫が波紋を作る。近くの波はキラキラと反射して、一匹の魚が跳ねた。魚は尾鰭を振って、こっちへ来いと言った。迷わず川に飛び込んだ。川は冷たく、その瞬間、体が硬直して溺れた。溺れたと思った。溺れたつもりだったが、水の中で呼吸をしていた。

川は流れて舟を運ぶ。

この舟を降りることに決めた。

正確には決める前に降りていた。

舟は進む。舟は進む。

「さよなら」

川面を跳ねて、

尾鰭を振った。


(おわり)


勢いよく書き進めたら、ただ舟を降りる話になりました…でも、舟の中にも外にも尾鰭がついて満足!

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