山の神

元父が遺したもの

前置き

 アーティストと呼ばれる人々は一般的にミステリアスであった方が良いと言われる。私もそれには賛成で、彼らには私たちと違う世界で生きていてほしい。炊事洗濯は魔法的に、行きつけのバーとかがあったりして「ぐるなび」で検索なんてもってのほか、病院に行って医者の指示をぺこぺこ頭下げながら聞いているなんて考えたくもない。
 (かなり個人的な要望が多かったが)ともかくアーティストは謎めいていることでその非現実的な存在感を持ちうるのではないかと思う。そしてだからこそ彼らの作品は現実を扱いながら非現実的ゆえに熱狂できるエンタメ性を私たちに提供してくれるのだ。

 かく言う私も物語作家の卵、アーティストの卵であるからしてミステリアスである必要がある。が、あえて私は逆を張ろうと思う。これまでのエッセイをお読みいただいた方はご存知であろうが、私のへそは徹底的に曲がっている。それはもうホルンの管のように。

 あらかじめ断っておくと、ここまで読んでいただいて大変恐縮ではあるがこの記事を通して得られるものはほとんどない。

 ここにあるのは私白庭ヨウと私を取り巻く素敵な人々や環境だけだ。私が創る物語の素材はほとんどこれから記すことだけだ。それに興味を持った方以外は時間の無駄になるかもしれない。遠慮なく他の記事に移っていただきたい。(この類の記事は『白庭ヨウと』なるマガジンに集約しようと思っている)

前置きが長くなったが、記念すべき第一回は私の反面教師である元父親(S・T)について書いてみようと思う。父の話なら長くなった分も取り返して余りあるほど短く終えることが出来るだろう。

S・T

 S・Tは私の実家がある町の隣、N市の名家に生まれ何不自由なく育った。名家、というのは詳しい定義を知らないが、家族が一人一部屋あてがわれてもまだ部屋が残る大きな家、植木が何本もありその間には砂利が敷かれ私たち子供がそこでかくれんぼ出来るほどの広い庭、体育館一つ分の広さがある畑、十枚近く並ぶ田んぼ、これら全てが敷地だというのだからS・Tがお金に困ったことがないであろうことは容易に想像できる。

 祖父と祖母、つまりS・Tの両親は温和な人で特に祖父は勤勉な農家らしく手はごつごつしていてほとんどいつも泥で汚れていたが日に焼けた人懐こい顔で笑いかけられると私も思わず微笑み返してしまうような優しい人であった。それに比べると祖母は何かと小言が多い忙しない人であったような気がする。母の受ける姑としてのイメージが私にもいくらか根付いているのかもしれない。

 名家で両親も優しいという温室育ちのS・Tは地方の長男であることも作用して、いわゆるオボッチャンとして成長したらしい。それが彼の魅力であり同時に欠点でもあった、というのは今になってから感じるところである。とはいえ優しく人受けの良い彼はおよそ一回り年齢の離れた母と結ばれ私含め五人の子供をもうけている。四人の弟と妹は良き喧嘩相手であり遊び仲間であり、そして歳を重ねた今では良き同志であると思っている。

 背が高く贅肉も少なく痩せていた彼は当時四十代、煙草を少々それでも酒はあまりやらず趣味といえばテレビゲームと車の改造だった。『マリオブラザーズ』や『クロノトリガー』、FFやドラゴンクエストシリーズなど、スーパーファミコンの主要なタイトルはほとんど揃っていて私たち兄弟はS・Tのプレイを見たり、やってみたりしてその世界にのめりこんでいた。一日一時間と決められていたゲームの時間を私たちはどれだけ待ち焦がれたことだろう。
 コードの接触不良やゲームソフトと本体の接触不良で画面が立ち上がらないと私は半べそかいてS・Tを呼び
「ここ、ふうってするんだよね。そうしてもつかないの」
と言って何度かソフトの端子部に息を吹きかけ埃を飛ばしてみせる。S・Tは珈琲のきつい匂いを漂わせ私からソフトを取り上げ
「どれどれ。パパがやってやるから。ほら、どうだ」
 無事にゲームを始められたときのうれしさといったら。もう二十年近く前のことになるけれど、あのゲーム専用のブラウン管テレビがでんと置かれた部屋の埃臭さやほんのり漂う黴臭さ、棚にしまわれた古着の甘いような酸っぱいような匂いが今も思い出せる。ゲームボーイやプレイステーションなど新しい媒体に移り変わっていってもいつでもその案内者はS・Tであり、彼は私たちのリーダーでヒーローだった。私が物語を好むのはこの時の体験に大きな影響を受けているからだろうと思っている。

 一方で車の改造、自動車全般についてどこか後ろめたい感情があるのもまた彼の影響である。両親が離婚したのはS・Tが借金してまでする車の改造、つまりは家族より車をとったという姿勢が大きな要因だ。小学校三年生頃に父と母が別れ、私たち兄弟は母に連れられその実家に移った。そして五年程のちにS・Tが交通事故で他界した。元父の暴走運転。単独事故。

 彼について語ることはもう他にない。ただ、ずっと彼を憎んできて、許した方が楽だと巷で聞いた今もまだ少しひきずっているのはどうしてだろうと思っている。彼と離れたことで得たものはたくさんあるのだ。生き方、友達、魅力的な大人の皆さん、趣味、考え方……。

 では何をまだこだわっているのだろう。父の愛とか血とか遺伝子とか?
 どれも陳腐に聞こえるのにどれも絶対にこの身体から切り離せない。

※連載小説のほうが滞っている。『パラサイト』という韓国映画を見てその面白さや見せ方に衝撃を受け落ち込んでいた。落ち込んでいる場合ではないと言い聞かせることが出来ないほどだったと言わせていただきたい。そしてぜひカンヌで作品賞を授与されたこの作品に圧倒されていただきたい。

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