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【ネタバレ】映画「カラオケ行こ!」で泣いた話

2024年1月公開の映画「カラオケ行こ!」を映画館で見てきました。
いや、まさか自分が泣くとは思わなくて。この作品で。

すごく良かったので、感想の一部をnoteに書いておこうかなと思います。ネタバレしかないから、踏みたくない人は閉じてくださいね。個人的には、そもそも原作があるので、ネタバレしていても楽しめるタイプの映画だと思います。見るのを迷っている人の助けにもなったらうれしい。

前提として、私は原作の漫画・和山やま作『カラオケ行こ!』および発売されたばかりの続編『ファミレス行こ。』上巻を読んでいる状態で映画館に見にいきました。また、和山やまさんの他のコミックス(『女の園の星』『夢中さ、きみに。』)も既読です。以下ネタバレありです。


実写化ではなくて映画化だった

ざっくりあらすじをまとめると、舞台は大阪。合唱部部長の中学3年生・聡実は変声期に差し掛かり、以前のようにソプラノが出ないことに悩んでいます。合唱コンクールも去年は金賞だったのに今年は銅賞でした。その合唱コンクールを見にきていたのが地元のヤクザ・狂児。カラオケ好きの組長が開催するカラオケ大会で最下位になると組長に下手な刺青を彫られてしまいます。なんとか回避したい。そこで、狂児の主観で最も上手だった合唱部の、その部長である聡実に「カラオケが上手くなるコツ教えて」と声をかける……というものです。

私は原作の漫画『カラオケ行こ!』が好きすぎるので、実写映画化のニュースを聞いたときには「無理では?」と思ったし、多くの原作ファンと同じく「綾野剛さんは(素敵だけれども)狂児のイメージではないのでは?」と思いました。漫画の狂児はガタイが良くて顔のうるさいアラフォーなので。

しかしながら、蓋を開けてみるとあまりに映画の評判が良い。ならば見にいくしかあるまいと。ちなみに、封切りから約1週間の1月20日(土)現在、大きなシネコンでも最も小さいスクリーンで日に2回のみの上映。そのため、木曜の時点で半分以上が埋まっており、当日は満席でした。想定よりよっぽどヒットしている? 上映するスクリーンが増えるといいなと思います。なお、パンフレットは売り切れでした。増刷・再販を待ちます。

見てきたんですけれど、こりゃあ評判いいわけです。すごく良かった。そして「漫画の実写化」ではなく「映画化」なんだな、と思いました。漫画を再現しているわけではなく、漫画を原作とした映画として再構成されている感じ。だから、漫画は漫画として映画は映画として、もちろん両方を読めばその差異を楽しんだり理解が深まったりして、どこからどう、どれだけを見ても面白いです。映画だけを見ても大丈夫です。

綾野剛さん演じる狂児は、和山やま作品を原作とした映画「カラオケ行こ!」の狂児として大成功、すばらしくて、原作と違うとか違わないとか、そういう「比較しちゃうゾ!」って次元を越えていました。すごい。聡実ほか、どの役柄もそうでした。すごい。

青春も人生も不可逆であることのキツさと美しさ

原作漫画から映画化にあたり、最も大きく変更された部分は「聡実の中学生活シーンの大幅増」でしょう。原作では合唱部後輩の和田とのやりとりが描かれる程度でしたが、映画ではかなりの尺を割いています。
それによって、漫画は狂児と聡実の2人の関係性が色濃く描かれている印象、映画は2人の関係性もしっかり描きつつ聡実という中学生を掘り下げた構成になっていました。なので、私としては、漫画の方がブロマンスの要素が強い印象です。

私はこの映画にあたって加えられた部分が本当に本当に好きです。

聡実に「戻ること」を求めるのが後輩の和田
「巻き戻しできない」ことを共有しているのが同級生の映画部男子
聡実のこれまでも知らないしそもそも別世界に生きる人間だけれど常にそのときの「今」の聡実に会おうとするのが狂児

 視聴後感想 https://x.com/hellothisissbt/status/1748579014871269378?s=20

合唱部後輩の和田は、部長の聡実が変声期であること、悩んでいることに全く気づきません。急にやる気がなくなったように見える部長に苛立ちます。和田はとても真面目な合唱部員で、同じソプラノパートの男子部員である部長の聡実を尊敬しています。だからこそ許せない。

映画オリジナルの映画部・栗山は、聡実と同級生です。モノクロの古いVHS映画を、暗くした狭い部室で再生するだけの地味な活動をしています。現在部員は栗山と、他に聡実を含めた幽霊部員が6人いるらしい。合唱部が辛くなってきた聡実は、練習をさぼってよくこちらに来るようになります。
古い映画は古い映画らしく、愛や理不尽について語ります。「愛ってなんやろうな」「大人は理不尽やな」と話す中3のふたり。ただ画面を見つめ続けるふたり。実はこの部のVHS再生機はポンコツで、再生しかできず、巻き戻し機能が壊れています。誰が持ち込んだかわからない古いVHSは山のようにあるけれど、彼らは片っ端から再生することしかできません。一度見たら終わり。

後輩の和田は部長の聡実に「戻ってほしい」と思う。なぜ戻れないんだと憤る。まだ自分には訪れていない変声期についてピンときておらず、声を戻すことができないことを知らない。

中3のふたりが見るVHSは「戻せない」ことの象徴。巻き戻し機能が壊れていることを共有しているのはふたりだけ。ふたりはまもなく卒業し、高校に進学します。

聡実は合唱部の部長です。前年度(聡実2年生、和田1年生)のときは金賞を取り、上の大会に進出。聡実も美しいソプラノが出ていた。この身体変化は相当にキツいものです。自分を例に出して申し訳ないのですが、たとえば私は身体的には女性ですが、変声期もあったし、望まない二次性徴によって生活が変わることを強いられてしまう苛立ち、苦しさを今でも覚えています。なんなら、いまだに納得していません。自分の意思に関わらず、身体が女性的な変化をするのが気持ち悪くて仕方がない。

映画ではこの部分を丁寧に描き、特に、不可逆であることを聡実と共有しあう同級生・栗山の存在が秀逸でした。

その聡実の前に現れるのが狂児です。聡実がどれほど合唱部を頑張ってきたか、声が出ないことに悩んでいるか、そんなことは知る由もない。そもそも、ヤクザという別世界に住む、聡実とは本来関わることもない人間です。その狂児は、とにかく常に「今」の聡実を尊敬し、教えを乞い、「カラオケ行こ」と誘ってくる。

聡実にとって狂児が救いになった、この説得力。
中学生活が丁寧に描かれてこその説得力。

体の成長も老化も、なんで人間はこんなに心を痛めて混乱しながら笑って生きていくんでしょうね……

  視聴後感想 https://x.com/hellothisissbt/status/1748565665902923945?s=20

狂児にとっても、また、組のヤクザたちにとっても、当然ながら中学生に戻ることはできないし、もっと言えば完全な堅気に戻ることもできません。真っ白なシャツを着た中学生男子。不可逆です。ノスタルジーでもあり、憧れでもあり、別世界から舞い降りた天使のようです。

しかしおそらく狂児は、聡実と親しくなるにつれて聡実の未来を考えるようになります。合唱祭が控えていること。中学を卒業をすること。守らなければならないということ。守るためには離れるべきであること。

成長も人生も不可逆で、だからこそ笑って駆け抜けないといけないのかなあ

「紅」の凄まじさ

狂児のカラオケの持ち歌がX JAPANの「紅」なのですが、聡実には「終始裏声が気持ち悪い」と言われます。これは原作にもあるんですが、綾野剛さん歌唱の「紅」は本当に終始裏声が気持ち悪くて、まさに職人技でした。すごい。

ラスト、聡実が変声期の喉をぶっつぶして歌う「紅」には鬼気迫るものがあります。これまでのソプラノを焼き尽くすような歌唱です。すごい。

そして驚いたのが、エンドロールの「紅」。リトグリがカバーした「紅」がED曲なのは見る前から知っていたのですが、なんと、大阪の中学校の合唱部による混声合唱が入ってきます。あの「紅」をですよ? 合唱でやるんですよ? は?

もうカオスです。こんな「紅」聞いたことがない。
でも、めちゃくちゃにかっこいい。なにこれってくらいかっこいい。

不安定な10代の混沌、その混沌を駆け抜ける疾走感。なんでこんなに訳わかんないんだろう、なんであんなに辛かったんだろう。今でも不可逆であることの受け止め難い辛さ、身体の理不尽を感じながら、寝て起きて食べて、仕事して、通院して、子どもを育てて、歳を重ねていっている我ら。

一生を終えたときには、紅の炎が燃え尽きたように、ああ、一瞬だったなあって思うのかもしれませんね。

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映画「カラオケ行こ!」は、不可逆な青春と人生への賛歌という予想外の作品になっていました。泣きました。

原作ファンですが、映画がこんな着地をするとは思わなかった。最高です。書きたいことはいっぱいあるんだけれど、とりあえずそれだけ書き残しておきたかった。以上。



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