【雑な感想】日本沈没

「日本沈没」がこの時期の新ドラマとして制作されて放送が始まっていたのを知りました。

たしか原作は結構昔の小説で、映画化、漫画化もされていたような記憶があります。映画は出演者と時期を変えて2作創られたような。

漫画の方で冒頭の数巻を読んだ記憶があって、面白さと怖さを感じたのを覚えていますが、結末までは読めていなかったし話のあらすじも忘れていたので、ちょうど良いと思ってドラマを見てみました。

NHKの朝の連ドラ以外を観るなんていつぶりでしょうか。というくらいドラマは記憶に残らない。たぶん何かしら観ているのでしょうけど、タイトル名も演者も内容もだんだん消えていくようです。

それは作品のせいではなくて、私自身の機能的な問題なのですけどね。

日本沈没はちょうど第1話が放送されたところだったので、物語のスタートから見始められました。

政治とスキャンダル
政治のマスメディア利用
年齢と権力
仕事と家庭
立場を保持するための解釈と真実を知りたいという欲求

色々な描写が濃縮されすぎていて、なかなかに見所豊富です。

内閣の危機管理能力とか対応力の部分も、フィクションであって欲しいと思うのですが、現実の政府がどうなっているかの情報とかも制作サイドに入っているのだろうから、多少の演出はあっても事実を表している割合が多いのだろうなあ、と勝手に残念に思っています。

リアルはもっとシビアに機能しているところもたくさんあるでしょうから、信じるしかありません。

さて、超絶な災害や想定外の危機に対して映画「シンゴジラ」でも政府の無力さが描かれていました。(シンゴジラはなんとか人類の力で解決してしまうのですけどね。)

日本沈没も政府のというか人の無力っぷりが垣間見えるのですけど、そういうのってナウシカやもののけ姫みたいなジブリ作品でも描かれています。

宮崎駿さんは人類に対して絶望しているところを作品から感じられるのですが、果たして今回の日本沈没はどんな描き方をされるでしょうかね。

最近、ディストピア関連の作品のリバイバルが話題になります。

何年も前に、物語として描いた内容の一部が現実味を持って起こっているのだから、作家のというか人間の想像力はすごいなあ、と思います。

もしかすると、一部の人の想像した絶望の世界に触れて、意識化で大多数の人間のイメージとして確立されていった絶望の物語が現実化するのかも?とかこれまたSFのような話を想像しています。

ちょうど「炎炎の消防隊」で展開されているような話です。

そうだとしたら、やっぱり人は何かしらの希望を持って、自分はこの世で唯一の確立した存在だと自覚しながら生きていかないと、大多数の絶望に飲み込まれるのかもしれません。

その他大勢の一員として絶望の中で生きるか、唯一無二の自分として希望を持って生きるか、そういう2択なのでしょうかね、人生は。

日本沈没、次も楽しみです。

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