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【短編】鬱金香の毒

その日は、よく晴れていました。
白い廊下は青空色に翳っていました。ランドセルの赤が妙にくっきりと友人の背中に浮かんでいました。彼女は私の前を踊るように歩いています。

「どこに行くの?」

「良いところ」

少し振り向いて彼女は答えました。

私は彼女の声が好きでした。明るいのに、この時期の女の子特有の甲高さが無いのです。高すぎも低すぎもしない落ち着いた声で、その声が語ることならば、なんだって信じてしまいそうな程でした。私は、国語の授業の朗読の時間が大嫌いでしたが、他の子供が拙いイントネーションで台無しにした言葉も、彼女が読むと本来の美しさを取り戻すのです。私はその瞬間が大好きでした。

土の匂いのする下駄箱を通過し、彼女が足を止めたのは、裏庭の花壇の前でした。

「わぁ」

私はそこで、おもわず歓声を上げました。

「ね。綺麗でしょ」

彼女も嬉しそうに云います。彼女の声を聴きながら、私は吸い付けられるように、目の前の" 色" を見つめていました。

そこには、ランドセルの色なんかよりもっと明るい色のチューリップが、太陽に透けてもえていたのです。

いちめんの赤。

あるか無いかの風に揺れて、重そうな花が僅かに揺れてひしめいています。

「綺麗だね」

私が振り返ると、彼女は手前にあった花を手にとっていました。ワイングラスを持ち上げるような優雅な手つきです。彼女の手は白くて、花の赤い色に侵食されはしないかと、私は妙な不安を覚えました。

その手が不意に、チューリップの首をへし折りました。

パキンという音がして、チューリップは緑の茎から持ち去られました。

彼女は、手に持った赤い花を弄びながら、私の方を見て笑いました。

私もつられて笑顔になります。

彼女は再び手元のチューリップに睛を落とすと、いつもの明るい声で云いました。

「チューリップって、花にも毒があるんだよ」

急に何を云われたのか、私は言葉に追いつくのに少し時間が掛かりました。

私が「物知りだね」と云うより早く、彼女の紅い口は、その赤い花を、ぱっくりと呑み込みました。


2006/04/05 writing

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