『ちょっと思い出しただけ』過去の恋愛を否定せず、肯定しすぎることもないロマンス映画
思い出す。それは自分が確かに生きてきた証。何度思い出しても笑えること、泣けること、どうにかして消してしまいたい黒歴史も、思い出せるすべては自分が生きてきた証なのだ。
今回のコラムは松居大悟監督、池松壮亮さん、伊藤沙莉さん主演の『ちょっと思い出しただけ』を紹介します。(ネタバレなしです。)
本作は、恋愛の思い出をフォーカスしているが、描かれるのは未練ではない。そう言い切りたい。
男の恋愛は別名保存で、女の恋愛は上書保存とよく言われるが、本作はもちろんそれとも違う。
また、恋愛映画と言えば、最後は恋する二人が結ばれるハッピーエンドか、結ばれないバッドエンドのどちらかを想像するかもしれない。でも本作は違う。
自分がかつて夢中になっていたこと、大好きだったことを否定することなく、肯定しすぎる(未練)こともない。
ときには寂しくなることもあるけれど、その寂しさを知っていることが強さでもあり、これから生きていく糧になっていると優しく教えてくれる。
そして何より、大恋愛のあとの大失恋も、時間と偶然がすんなり解決してくれることがあると教えてくれる。
僕たちが本作で目の当たりにするのは、二人のかけがえのない時間であることは間違いない。観ていて幸せだし、逆に不安にもなるし、二人を応援したくなるほど甘酸っぱく、切ないものである。
しかし、それらは二人にとって「ただの過去」であることも同時に描かれる。なぜ観ている僕たちが未練を感じて、当人たちが感じていないのだと言いたくなるけれど、乱暴に言えば人生のほんの一部であって、新しいことはとっくに始まっているのだ。
映画を観終わるころには、二人は幸せになるべきと息巻いていた自分に、ちょっと冷静になれと言えるほど落ち着き、優しいなにかに包まれる。
人によっては自分の恋愛と比べるだろうし、こんな恋愛がしてみたいと思いうかもしれないし、共感できること、できないことがたくさんあると思う。
でも、いわば他人の恋愛を観て一喜一憂させてもらえて、なおかつこれからのヒントすらもらえる本作はなんと素晴らしいことか。
恋がしたいと思っている人は、池松壮亮、伊藤沙莉に恋するほど胸が高鳴り締め付けられ、もし失恋や別れを経験したばかりの人であれば救われるだろう。
公開は2月と寒い時期だけれど、僕はきっと夏にこの映画のことをちょっと思い出して、また観てしまうだろうな。
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