見出し画像

大声で「クソッ!」と言いながら歩くおじさん

食パンを買いに行ったスーパーにて、大きな声で文句を言いながら歩いているおじさんに遭遇した。言葉か言葉でないのか判別できない何かの後で、「クソッ!」を大きめの声で発していた。何かどうしようもなく気にくわないことがあったのだろうか。

おじさんの視点は空中の一点を捉えたままで、まっすぐ前へ歩いて行って、しばらくして僕の視界から消えた。無関心を決め込んで、文句たれおじさんなんて最初から居なかったと脳内処理しようとした時、あることを思い出した。

歌舞伎町を歩くときは、まっすぐ前だけを見て歩けばキャッチから声をかけられないと、歌舞伎育ちのロックンローラーが言っていたこと。

かつて五反田に住んでいたとき、歓楽街の通りを歩くとよくキャッチに声をかけられていた。でも、住んで2年くらい経過したらまったく声をかけられなくなった。

当時は「ようやくこの街の住人として認めてもらえた」と思っていたけれど、そうじゃなかった。五反田という街に何があるのかを把握したからキョロキョロしなくなり、ただ前を、いや、目的の方向だけを見てまっすぐ歩けるようになったからだと気がついた。

知ってんねん。お前がキャッチだってことも、どんな店があることも。ここを抜けた先にドンキがあって、俺はそこに向かってるんだよ。そんな顔になっていたのだ。徐々に、グラデーションがかかるように、2年かけてじわじわ変わっていたのだろう。

今日遭遇した文句たれおじさんも、そんな顔をしていた。肉にも野菜にも酒にもお菓子にも目もくれず、ただまっすぐ前だけ、おそらく出口だけを見ていた。もしかすると財布を忘れたのかもしれない。それにしては大きな「クソッ!」だったけど。

ただ無関心を決め込んで、おじさんを「最初から居なかった」と脳内処理していたら気がつけなかったこと。正直なところ、あんなおじさんの人生にかまっている暇はないんだけど、自分の半径5メートル内で起きていることは自分の人生に大きく関わってくることだとするならば、何かしら一つでも学びがないと癪なので、おじさんからも何かしら学んだことにしてやった。

年齢で言えば私もとっくにおじさん。もしかしたら自分で気がつかないうちに「クソッ!」と言いながら歩いているかもしれない。いやそんなはずはない。

日々いろんなおじさんを見ながら、ああはなりたくないおじさんファイルの更新だけは忘れないようにしているから、そんなはずはないのだ。ないのだ。

ここから先は

0字

スタンダードプラン

¥500 / 月
このメンバーシップの詳細

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?