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【読書】野口悠紀雄『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』【基礎教養部】

800字書評は以下のリンクから読めます。


記事作成の背景と目的

本記事は基礎教養部の活動の一環として執筆しているものだが、ここで扱う野口氏の本自体は基礎教のために読んだものというよりは、大学で所属しているゼミのグループワークのテーマを選ぶ過程でなんとなく読んでみたものである。さらに言えば、テーマの案(CBDCについて)も、流行りのChat GPTに錬成してもらったものの中からピックアップしたものであった。それゆえに、自分なりに語りたい内容があったから題材にしたというよりは、書評を書く期間の近くでたまたま読んだ本だったから選んだという感じで、今までとは少し違う選書の仕方であった(今まではほとんどの場合、本を読んだ上で語りたい内容が明確に固まっているものを題材として選んでいた)。結果として、基礎教の活動の中で本書を題材にしたのは少し失敗だったかなぁと思うところもなくはない(この辺りについては後書き兼反省の方で触れることにしたい)。

しかしながら、本書の中に考えさせられる内容があったことは確かである。こうしたことを踏まえた上で、本記事の目的は、本書の中で述べられているいくつかの論点について個人的に気になったもの・印象に残ったものをピックアップし、整理しておくことである。これはある種の記録ないし備忘録的なものなので、内容の要約とは違うものであることは予め断っておきたい。もし気になる内容があれば、本書を紐解いてみることを勧める。

ちなみに、本書の帯にはかなり主張の強い煽り文が書かれてあるので、(ひょっとすると過激な)政治思想的な主張が延々と続く書籍であると勘違いされそうだが、中身は普通の解説書であることは付け加えておこう(政治的な主張が含まれないかというとそうではないが)。また、800字書評でも触れた通り、経済学や金融などの専門的な知識がなくとも読める本であるから、気軽に手に取ってみると良いだろう。

仮想通貨と電子マネー、CBDC

まず初めに、デジタル技術を用いて運用されるマネーの形態について、簡単にではあるが触れておこう。

「仮想通貨」という概念と、いわゆる(日本的な意味での)「電子マネー」という用語がある。これらは一見して似ているようではあるが、その実、指し示す通貨の形態は全く異なる。その中で最も重要な相違点の1つは、それが独自の通貨圏を形成することができるか否かである。

電子マネーについては、これは基本的に銀行預金での口座振替を簡単にするための手段にすぎない。一般に、遠隔送金が必要な場合にはATMを操作して口座振替で指定の口座に送金する必要がある。電子マネーについてはいわば、この送金プロセスをより便利にしたものであると解釈することができる。しかし、これは本質的に既存の銀行システムの土台の上で成り立つものであり、その電子マネー自体が新たな貨幣として流通することはない。

しかし、ブロックチェーンという仕組みを用いて実装される仮想通貨は、既存の銀行システムを必要としない。つまり、そういったシステムの外で独立した運営ができる。それゆえに、国が発行する通貨と同様、独自の通貨圏を形成することが可能である。また、運営コストも低く抑えられるため、送金の手数料も(原理的には)非常に低く設定することができる。

もちろん、ビットコイン等を見てみれば分かるとおり、そういった通貨はそれ自体が投機の対象となったりするために価格変動が大きくなり、それにつられて送金手数料も高騰するため、現実にリテール通貨として流通するには問題が生じる場合が多い。中央銀行が発行するCBDCは、そういった既存の仮想通貨の問題点(価格の安定化の問題)を解決できるとされている。

電子マネーが口座振替を簡単にするものだとすれば、CBDCは銀行券(現金)の利便性をアップデートするものであると言える。本書の中の例えを使わせてもらうと、CBDCはいわば「魔法の力を与えられた中央銀行券」であり、既存の銀行券を手渡す(取引する)際に、仮に受け取り手が遠くにいたとしても、銀行券自体が飛んでいけるようになったものだと考えることができるだろう。原理的には、仮に地球の裏側にいる相手だったとしても手数料をほとんどかけることなく瞬時に送金できるようになるため、こうしたシステムが実装されれば極めて大きな社会経済的影響があることが予想できる。もちろん良い影響ばかりではなく、銀行預金の流出による既存金融機関への打撃など、それに伴って浮上してくる課題も多くあることも言及しておくべきだろう。

金融政策との関連

CBDCは中央銀行にとっても導入する動機はある。仮にCBDCの利用限度額に制限がかけられなければ、手数料や利便性の優位性から、その通貨圏で行われる取引のほとんどはCBDCによるものになる。ゆえに、中央銀行はそうしたマネーストックに直接金利を適用することにより、極めて強力な金融政策の手段を手に入れることができる。例えば、従来のマイナス金利政策は日銀の当座預金に範囲が限定されていたためにその効果が限定的だったが、市場に出回る通貨全てにマイナス金利が適用されることになれば、消費の促進によるデフレの解消に大きく貢献するかもしれない。最も、そうした強力な金融政策手段を中央銀行が手にすることが望ましいかどうかはまた別の問題であり、議論の余地が多分に含まれるところではあるのだが。

ところで、こうした内容から個人的に連想されるのは、経済学者のシルビオ・ゲゼルが提案した自由貨幣(減価する貨幣)の概念である。これは減価する貨幣という字面の通り、一定時間で貨幣価値が減額される通貨(すなわち実質的には負の金利をもつ通貨)のことである。世界にはゲゼルの思想の影響を受けた地域通貨(ゲゼル型地域通貨)があるようだが、ゲゼル本人は地域通貨ではなく法定通貨、すなわち国や中央銀行によって管理・発行される通貨を構想していた。CBDCが世の中の取引の大部分を占めるようになれば、通貨に対して直接マイナス金利を適用することができるようになるため、ゲゼルの構想したような通貨を国家規模で実装することが技術的には可能になると言って良いだろう。

さらによりメタな視点から見てみると、ゲゼルの考案したような既存の枠組みにとらわれない貨幣については、基本的にマネーの〈フロー〉的な性質を活性化させようという動機に基づいて構想されているようである。ほとんどの人は、貨幣の価値は〈フロー〉ではなく〈ストック〉にあると考えているが、それは貨幣の自己言及的な性質に由来するある種の幻想なのだろうと、こうした思想家の思索を見ていると感じられる。ただやはり、こうした貨幣の本質に関わる部分は個人的にまだまだ思考の蓄積が足りないと感じているところなので、自分なりの言語化を経た上で、通貨のあり方についてより深く考える足がかりとしていきたいところである。

後書きという名の反省

800字書評の部分でも触れたが、本書はためになる内容はあるものの、独自の思想的な「面白さ」で言えば今一つといった内容だったような気もするので、他の人に紹介する本としてはちょっと失敗だったかもしれない。本を読んで文章を書くというプロセスには慣れてきたように思われるが、本の選び方に関してはなかなかうまいやり方が思い浮かばない。難しいところであるが、まずはやはりある程度の分量をこなしていくことが必要かもしれない。

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