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【読書】中島らも『永遠も半ばを過ぎて』【基礎教養部】

前書き

本記事で扱う『永遠も半ばを過ぎて』は、同じコミュニティーのメンバーであるコバさんに紹介していただいた小説である。書評や関連するnote記事も公開されているので参照されたい。「コミュニケーション」という概念をメインテーマとして、関連する本書の記述とともに語っていただいている:

本作は強いていうならエンタメ小説であるが、プロットや伏線はメインではなく、さまざまなバックグラウンドを持つ登場人物たちの掛け合いによって物語の大部分が構成されている。そうした設定以外の要素で読者を惹きつけるこの小説には、多彩な「言葉のやりとり」「駆け引き」の場面が描かれ、その中では深い洞察に裏付けられた台詞も不意に出てくるのだ。特に主人公の1人で詐欺師の相川が語る内容には、ただの物語の登場人物の発言だと切って捨てるには惜しいものがいくつもある(虚言を並べ立てる詐欺師なのにも関わらず!)。むしろ、読者が人物の背景をメタに知ることのできる小説だからこそ、その言葉に説得力が生まれているのかもしれない。

こうした「言葉」の部分に着目して本書を批評しても面白いだろうと思う反面、私自身小説はそこまで読む方ではないので、セリフの効果だとか登場人物の心情だとか、そういったものを評論できるほどの素養は正直言ってあまりない。よって、ここでは本書を読む中で自分が感じたことを散文的に綴ることにしたいと思う。なお、多少は内容についても触れるので、完全に初見で本書を読みたい方は注意されたい。ただし、この本はネタバレしたからと言って面白さがなくなるようなものではないことは付記しておく。

印象に残った場面、あるいは自分の感性について

本書のタイトルになっている『永遠も半ばを過ぎて』は、小説中に出てくる物語の題名でもある(つまりこのタイトルは「本の中に出てくる本」を指している)。本書の中の『永遠も半ばを過ぎて』は後から出版社によってその名が付けられ、「幽霊が書いた本」という触れ込みで売り出されるわけだが、その中身は主人公の1人で写植屋(この職業は今はもう聞かないだろう)の波多野が、薬で「ラリった」ときに無意識のうちに書いたものだ。この波多野が物語を書き始める(写植機で打っているから「打ち始める」というべきか)までの場面が──巻末にある解説も同じ箇所について語っていて少々被ってしまうが──私に強烈な印象を与えた。

その描写は単純に文字量が多過ぎて引用できないので、ぜひ本書を手に取って読んでいただきたいのだが、そこでは文字通りページ一面を埋め尽くす濁流のような文字の群れから一転、突然純粋で透き通った文章が綴られる。あまりの変わりようで、読んでいて鳥肌が立ってしまった(今こうして書いていても思い返すだけで鳥肌が立つ)。こうした表現効果は一種の転回、カタルシスというのだろうが、この小説に限らず、自分が後から読み返したくなるような物語にはこういった描写が必ずある。

例えば、宮本輝氏の『優駿』をここでは挙げてみよう。

「優駿」という名はついているが、この小説は人間の業、人間くさい要素を中心に描かれている(それに対比される要素として、牧場の雄大な自然やサラブレッドの美しさなどが描写される)。特に上巻の最後には奈良という騎手が一つの覚悟を決めるシーンがあるのだが、その箇所が私は好きで何度も読み返している。ページ数としては2ページもないくらいの描写だが、それまでの陰鬱とした空気を一瞬で澄み切ったものに変える叙述は圧倒的で、それだけでもカタルシスを覚えるには十分すぎるくらいであった。

総じて、小説や物語については、プロットが凝っているもの(もう少し抽象的に表現すれば「構造的なもの」)よりも、むしろ刹那的だが物語の転回を与える一場面の方が、自分の印象に強く残って後で読み返したくなるのだろうと感じる。もちろん設定が入念に組まれている作品も好きなのだが、後者の方が自分の感性には強く訴えかけるのかもしれない。ただ、これはなぜかと問われるとなかなか言語化が難しいので、もう少し考えてみることにしたいと思う。

おわりに

本音を言えばもっと『永遠も半ばを過ぎて』に関連したことを語りたいのだが(例えば相川の「嘘を本物に見せる」技術だとか)、ここで語ってもただ冗長になるだけな気もするので一旦区切るとして、小説の内容を知りたい読者は実際に本書を手に取ってみてほしい。難しい設定や描写もなくサクサク読めるし、それにも関わらず含蓄に満ちたアフォリズムのような発言も散りばめられており、本自体を読む機会があまりない人から日常的に小説を読む人まで、多くの人が楽しめるような作品であると思う。素敵な本を紹介してくれたコバさんに感謝しつつ、本書の推薦の言葉を述べることでこの記事の結びとしたい。


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