見出し画像

料理男子はこう育つーー②ボクは料理本で漢字を覚えた

 ボクの家にはテレビが無い。生まれたときから無かったから、テレビはおばあちゃん家と、ホテルとか旅館でしか見たことがなかった。だから、年中さんのとき、ようちえんの田中先生に「ボクのおばあちゃんちには、テリビがあるんだよ!」と自慢しちゃったんだよね……。テレビは「テリビ」だと思っていたし、まさかみんなのお家にはテレビがあるなんて、知らなかったから。
 でも、田中先生はとーってもやさしい先生だから、「そっかー、すごいねぇ」って言ってくれたの。うれしかったなぁー。今でも大好きだよ、たなかせんせい!

 ボクがひらがなが読めるようになったのは年中さんのとき。それから、ボクは家で自分でも本を読むようになった。テレビが無いからといって、絵本がおうちにたくさんあるわけじゃないから、図書館で借りてきたりするんだけど、それもすぐに読み終えちゃって飽きちゃった。
 
 それで、ボクは料理本を読むようになったんだ。お母さんの本棚の一番下が料理本だったから。料理本って大きいから、一番下の棚にたくさん置いてあったのがラッキーだった。

 お母さんは料理本をたくさん持っている。でも、おいしそうな料理の写真がいくつもいくつも載っているというのに、その料理がおうちのご飯に出てきたことは、ほとんどない。残念ながら。

 じゃあ、なんで料理本がいっぱいあるかっていうと、お母さんが料理本の編集の仕事をしていたから。介護が必要なお年寄りのための料理の本とか、スポーツをする人の料理の本とか、野菜の本とか。あとは、お母さんが取材した人の料理本とか……。
 ほかにも、「料理通信」という雑誌とか、栗原はるみさんの雑誌がいくつもあるんだけど、そういうのは料理の写真がきれいで、料理の盛り付けとかお皿とかそういうのをチェックするために買ってるんだって。だから、お母さんは料理本をちゃんと“読んでいない”し、その料理を作ろうとも思っていないんだ。ああ、ほんと残念。

 たくさんの料理本の中で、ボクが最初に気に入ったのは、『りんごのお菓子レシピ』。この本もお母さんが買ってきたんだけど、お母さんはこの中のお菓子を作ったことがやっぱりない。買ってきた理由は、ボクが年少さんのとき、お父さんがりんご農家になろうかなと思っていたから、「りんごがたくさんできたら作ろう」とお母さんが思って買っておいたんだって。気が早いよね、まったく(ちなみにお父さんはその後もりんご農家になっていない)。

 この本を見て、ボクはりんごからこんなにたくさんのおいしそうなお菓子ができるんだ〜って感動した。あれも、これも、食べてみたいものばっかり! 説明のところを読んでみると、「クリームやアイスを●えると、たまらないおいしさに」って書いてある。●えるって何だ? たまらないおいしさってどんなおいしさ? もうワクワクが抑えられない! だから、漢字が出てきたら、お母さんに「●えるって、何て読むのー?」って聞いた。そういうときはちゃんと全部、読んでくれた。ボクへの読み聞かせは、絵本から料理本になったんだ。

 余談だけど、ほかに漢字を覚えるのに役立ったのは、駅の看板の「路線図」だよ。ボクはそのとき府中というところに住んでいたから、府中の近くの「国立」と「国分寺」の「国」という字が「くに」と「こく」で違うことがずっと気になっていた。それで、ホームに電車が来るのを待っている間や、電車から降りたときに、京王線や中央線の路線図を端から端まで、高尾山口駅から新宿駅まで、高尾駅から東京駅まで、お母さんに何回も何回も読んでもらった。「えーまたぁ?」とお母さんに言われても、「もういっかい!、もういっかい!」って、踊りながら頼んだ。ボクが踊りながら歌うと、お母さんは喜ぶからね。頼みごとなんて楽勝だぜ。そうやって何回も読んでもらって、駅の漢字と読み方を覚えていったんだ。お母さんは自分の仕事の都合でボクを電車に乗せて連れ回しているのをわかっているから、そういうことにはとことん付き合ってくれたよ。

 あるとき、どうしても『りんごのお菓子レシピ』のお菓子が食べたくなって、「アップルパイを作りたい」ってお母さんに頼んだんだ。お母さんは「急に言われてもパイシートなんて無いよ」と言った。だからボクは「きほんのパイ生地は24ページだよ!」ってムキになって答えた。お母さんはとっても驚いていた。「え、生地から作るの!?」って。そして、ボクがページ数も覚えていたことに、お母さんはもっとびっくりしたみたい。それでボクの本気をようやくわかってもらえたんだ。

 ボクは料理本を次々に読んでいって、年長さんのときには、栗原はるみさんの雑誌にある「こねない食パンを作りたい!」って言った。実はそのとき、うちにはオーブンが無くて、「だから、作れないよ」と、お母さんにあきらめるように言われた。でも、ボクはどうしても作りたかった。それが土曜日。
 そしたら、次の日曜日の朝、お父さんが電気屋さんに行って、オーブンを買ってきてくれたんだ! ボクはとっても、とってもうれしかった。日曜日、ボクはすぐにこねない食パンに挑戦した。

 お母さんは「私がオーブン欲しいって言っても買ってくれなかったのに…」とごねていた。でもね、家にオーブンが来てから2年くらい経つけれど、お母さんよりボクのほうが圧倒的にオーブン使いに慣れているし、使いこなせている。それは明らか。

 実は、キライな料理本もあるんだ。それは「じたん」とか「すぐできる」って書いてある本。世の中のお母さんたちはこういう本がいいんだろうけど、ボクは反対。じたんなんかしちゃったら、食べ物からおいしさが出ていってしまうと思うんだよね。
 
 小学生になった今も、料理本を読むのは大好きだよ。学校の宿題で毎日「音読」があるんだけど、教科書を読むのはもうとっくに飽きているから、いつも料理本を音読している(ここだけの話!先生には内緒にしてね)。音読にぴったりなのは、「すしレシピ」だと思う。おすしは和食で、国語っぽいからかな!


参考文献:
吉川文子「バターなしでもとびきりおいしい りんごのお菓子レシピ」世界文化社
栗原はるみ「haru_mi vol.45 もっと、もっと。こねないパン」扶桑社
重信初江「すしレシピ」朝日新聞出版


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?