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料理男子はこう育つーー①出汁で目覚めた0歳5か月

 ボクはとても腕のいい料理男子の小学2年生。ボクが年長さんや小学生になってから、料理を上手に作っていると、「お母さんがお料理上手だから教えてもらえるのね!」なんて言われることがあるんだけど、それはとんでもない勘違い! お母さんは下手ではないけれど、ボクからしたら…。

「もっと真面目にやれば、もっとおいしくできるのに。なんでちゃんとやらないんだろう」って感じ。

 最初に食べた10倍粥なんて、ひどかったよ。「ちゃんと計量した?」と、当時のボクがしゃべれたらお母さんにひと言言ってやって、作り直してもらいたいくらいだったもんね。そもそも、ずっとずっとご飯を食べるのが待ち遠しかったのに、5か月になっても、ハーフバースデーを過ぎても、なかなか10倍粥さえ作ってくれなかったんだ。ずっとおっぱいばっかりで。ほんとテキトーなんだよね、ボクのお母さんは。

 でもね、ボクは知っていたんだ。食べる前から、ご飯のときにとってもおいしそうな香りがすることを。
 一番感動したのは……、あれは5か月くらいだったかな。

ボクはお母さんにおんぶされて、料理教室に連れて行かれたんだ。「料理教室に赤ん坊を連れて行くって、危ないんじゃないの?」って思う人もいるだろうね。


 そもそもボクのお母さんは、仕事でもボクを連れて行ってしまうくらいだったから、ボクは小学生になるまでにたくさんのカイギに出たことがあるし、あちこちにシュザイにも行った。会議は「へんしゅーかいぎ」っていうやつね。
 会議室には、おうちにはない、くるくる回る椅子に座って、くるくる回って遊んで。とてもやさしいお兄さんが、お母さんは絶対に買ってくれないジュースを出してくれたこともあって、「へんしゅーかいぎ」っていいなって思ったよ。椅子に飽きたら、みんなが集まっている大きなテーブルの下に潜り込んで、いろんな人の足を観察して、“この人は大丈夫そう”って人の足にこちょこちょしたりして。
 会議中に「だいがくきょうじゅ」っていうエライ人が怖そうな声で話していても、ボクにだけは「おいでおいで〜」ってかわいい声で呼んでくれたりしてさ。だから、ボクは大人の人でも初めての人でも怖くないって、よくわかっているんだよね。その大学教授の先生は「子どもがいるというのは、当たり前の社会なんです!」と言ってくれて、おかげでボクは堂々とみんなにこちょこちょしてたな。

 そうだそうだ、料理教室でのボクの感動を教えたかったんだ。料理教室って、包丁とかハサミとかそこら辺においてあるし、湯気がグラグラ……。ガラスや割れやすい食器もあるし、危ないよね。でも、ボクはそのお部屋にいたときに目が醒めた。おんぶされて実はうとうとしていたんだけど、ハッとしたんだ。ふわ〜っと香る、これは何だ何だ? ここは絶対に「あんしん・あんぜん」な世界だぞと。
 
 うちのお母さんの料理は大したことないんだけど、お母さんは「見つける」のがとてもうまいんだよね。「きしゃ」っていう仕事だから、見つけて「おもしろそう!」って思ったら、すぐに出かけちゃうんだよね。汽車じゃないよ、記者。その行動力というやつが記者には大切らしいんだけど、後先考えずに申し込んじゃったりお金を払っちゃったり(だから、お金が貯まらないの。内緒ね)するから、冷静なお父さんからすると「またわざわざ忙しくしてる……」と呆れてしまうみたい。
 まあ、そんなお母さんのおかげで、その後もボクはいろんなところに連れて行かれるわけだけど、ボクの人生が始まったばかりのところで、この料理教室との出会いがあったことが、料理男子になる運命だったと思う。何が良かったって、ボクがお母さんのご飯を食べ始める前に(ここ重要!)、この香りをかげたことだよ。
 
 その料理教室は、はらゆうこ先生の「出汁料理」のお教室だったんだ。昆布が容器いっぱいの水に浸かっていて、気持ちよさそうだった。しいたけも金色のプールに浸かっていたなぁ。それはそれはとてもきれいな色のプールだよ。それから、煮干しっていうのは硬くてガサガサしていて、そのときはとても怖かった。そして、一番感動したのは、かつお節だね。ゆうこ先生が手にたっぷりと握ったかつお節を、湯気がもわもわしているお鍋の中に入れた途端に!! 

ふわわわっ〜〜〜

「あぁごくらく、ごくらく」って、お母さんのお腹に来る前に住んでいた、ふわふわの世界にいたとき、おじいさんが言っていた言葉を思い出したよ。鼻からいい香りが入ってきて、頭の中もふわふわして、とーってもいい気持ちになった。

 そして、できあがったお料理を、お母さんやほかの女の人たちがニコニコおしゃべりしながら食べていて、ボクはとってもうらやましかった。「早く大きくなって、こんなご飯が食べたいなぁ」って、離乳食が始まるのがより待ち遠しくなったんだ。
 
 それで待ちに待った「10倍粥」(お母さんが初めて作った離乳食)は、おそらく“失敗”っていうものだと思うんだけど、とにかくボクはいち早くご飯が食べたかったから、お粥のかたさとかよくわからないけど、むしゃむしゃ食べた。でも、毎日なんか物足りないなぁって思ってた。
 そしたら、お母さんも何か気がついたんだろうね。初めての10倍粥から2週間くらい経っていたかなぁ。あるとき、ご飯に香りがついてきたんだ。いや、ボクのお粥を作ってくれているなぁって見ていたときから、いい香りがしていた。それはかつお節のふわわわっ〜ではなかくて、とろとろーんって感じだったから、たぶん昆布の出汁だったんだろうな。それからのボクは、お粥をもっとむしゃむしゃ食べるようになったよ。
 お母さんはボクがよく食べたから、「離乳食には苦労しなかったよ」って、ほかのお母さんやおばあちゃんたちに言っていたのは、今になっても悔しいと思う。あんなにひどい10倍粥を食べさせておいて! まったくもう。

 それはそうと、今や、はらゆうこ先生の『日本橋から伝える だしを味わう四季の料理』の本はボクのバイブルで、こないだは煮物を作った。この本には、出汁を使った料理の作り方だけじゃなくて、出汁の歴史とか、昆布は昆布でもその種類とかも書いてあるから、ボクは2年生ですでに、かつお節なら「厚削り、薄削り」の使い分けをしているんだ。
 スーパーで「かつお節買って〜」と、お母さんにかつお節の袋を持って行って頼んだら、「かつお節なら家にあるよ」と言われたけど、「家にあるのは薄削りだから、厚削りが欲しいの!」と答えたら、ビックリされたけどね。お母さんよりボクのほうが、ちゃーんと料理本を読んでる証拠だよ。

 そうそう、ボクは料理本で漢字や分数を覚えたんだ。次はそのお話をするね!
 


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