見出し画像

Colony-2-

第二話 洋館


「それにしても、判断が早くて助かります」

三好さんはそういって笑みを浮かべながら、私に顔を向ける。
あれから、すぐに彼の後を追いかけて仕事をさせてほしいと頼み込んだのだ。
決断の速さに驚きながらも、彼は大いに喜んでくれた。
自分でも、こんなにあっさりと決めたことに少しドキドキと胸を高鳴らせている。
これは新しい自分の未来を切り開くことへの緊張だろうか。
それとも、思い切ったことによる焦りなのだろうか。
答えは未だにわかっていない。

夜も更けていたことから、翌朝に仕事場に向かう手筈になっていた。
私は必要最低限の荷物だけをボストンバックに詰め、指定された駅にたどり着いた。
初めて訪れた街外れの光景に、私は驚きを隠せない。
昼間だというのに、駅の外には私を迎えに来た三好さん以外、誰一人も見当たらないのだ。
彼の後ろには、森のように生い茂った草木。
少しだけ整備された道に、黒塗りのセダンが停まっている。

三好さんに言われるがまま助手席に乗り込むと、車は静かに走り出した。
過ぎ去る風景はほとんど変わらない。
広大な平地。建物や商店は何一つなかった。
しばらく車を走らせると、正真正銘の山道に入り込む。
ガタガタと揺れながら、上り坂をあがり切った先には、再び広い土地。
そこにぽつんと一軒、大きな洋館が建てられていた。

周りには誰も住む気配がない。
こんな奥地、生活をするには不便でしかないだろう。
三好さんに連れられて車を降りると、大きな門から洋館の入り口へ足を運んだ。
近くで見ると圧倒されるほどの、とても大きな屋敷。
見た目の日本離れしたデザインと、節々に見える建物の年季。
そして周囲の環境が、この洋館をより一層不気味に演出させる。

この家に足を踏み入れたら、もう逃げることはできない。
何となく、頭の片隅でそれは察していた。
人里離れた場所で、これから知らない人間たちとの集団生活に身を置くのだ。
その生活はきっと、今までに経験したことが無いものになる筈。
現に家の近所に気軽に買い物に行ける場所もなければ、移動手段は車やバイク。
何かあっても助けを求める相手もいない。
相当な覚悟がなければ、ここで生活することは難しいだろう。
私はごくりと音を鳴らしながら、唾を飲み込んだ。
先導する三好さんが、館の扉を開けて待っている。
緊張と謎の恐怖で身体を強張らせながら、私はゆっくりと足を踏み入れた。

「そんなに緊張しなくても、とって喰われることはないので安心してください」

笑えない冗談を口にする三好さんに、思わず笑顔が引きつる。
大きな玄関は大理石で作られていて、キラキラと輝きを放つ。
靴をしまおうと靴箱を開けると、そこには紳士用の靴がいくつも収納されていた。
並べられた数をみても、ここの入居者に男性が複数人いることが伺える。

「なに、新人?」

靴をしまい終えた私を見て、階段を下りてきた一人の男性が怪訝そうに声をかけた。
中性的な顔立ちが印象的な彼は、柔らかそうな赤茶色の髪を揺らして私に近寄る。
ぱっちりとした二重から、ガラス玉のような綺麗な瞳がのぞいていた。
少し小柄なこともあり、警戒心はそこまで抱かなかった。
三好さんは笑って頷く。

「今日からここで働いて頂く末永洋二さんです」

私は慌てて頭を下げると、そのままの姿勢で彼の顔色を伺っていた。
一瞬、私と目が合った視線は、冷たく無関心な印象を抱いたが、それもすぐに変わった。
三好さんの紹介を受けて、彼は冷たい視線から突然表情を和らげたのだ。

「そうか、給仕係を増やしたんだね」

心なしか、言葉尻も柔らかくなった気がする。
館に入った時の緊張感を引きずっていた私は、咄嗟に自分の胸元に手を当てていた。

「末永さん、彼は四条光輝さん。通称四号と呼ばれています」

三好さんの口にした”四号”の意味がいまいち理解できないまま、私は愛想笑いを浮かべる。
光輝さんは小さくよろしくと呟いて、そのままどこかに姿を消した。
まるでアイドルのような美しさに、同性でありながら思わず見とれてしまう。
見た目から歳は若く感じたが、平日のこの時間に家にいるという事は、学生さんなのだろうか。
様々な疑問を抱きながら、私は三好さんと共に自室へと向かった。

給仕係の部屋は館の一階。
すぐに動けるように、ゲストルームや談話室、それにメインフロアや食堂に一番近い部屋だ。
もちろん隣には三好さんの部屋がある。
荷物を下ろし、用意されていた黒い燕尾服に着替えると、私の給仕係としての生活が始まりを告げた。

「まずは主である華怜様にご挨拶に行きましょうか」

私は内心、少し驚いていた。
この怪しい洋館の主が、女性だったことに。
玄関では女性の気配は全く見受けられなかったのもあって、尚更だ。
その女性が、今日から私の雇い主になる。
再び緊張に苛まれながら、私は一歩一歩、二階へ繋がる階段を踏みしめていった。