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気まぐれポニーテール

豊島鉄博(94年生まれ 那覇市小禄出身)

 「気まぐれポニーテール」。この奇妙なフレーズを初めて聞いたあなたは、一体何の名前だと思いますか。アイドルグループ?メルヘンチックなカフェ?いずれも答えはノー。何と“ラブホテル”だ。国際通りから車で5分ほどの、那覇市随一のホテル街「若狭」にある。波の上ビーチにもほど近く、看板を見かけたことがある人も少なくないだろう。

比較的目立つ看板=2022年3月26日、
那覇市若狭(筆者撮影)

 小学校高学年から中学生だった時は、「きまポ」という略称を口にしただけで男子たちの笑いが起きていた。10代前半で利用する機会はまずない。それなのに、私の体感的には那覇市内の思春期の子どもたちは、不思議とほぼみんな知っていた。ただでさえ好奇心旺盛な少年時代。年上のきょうだいや、先輩からいろんなうわさを聞き、ワクワクした気持ちから自然と広がっていったのかもしれない。

 私は小学6年生ぐらいの時、友達から聞いて初めてきまポを知った。言葉の響きがどう考えても「ネタ」的な雰囲気がして、おかしくて思わず笑った。同じように感じた人は少なくなかったと思う。

昔もいまも「きまポ」で爆笑

「2016年きまぐれポニーテール。昭和はポニーテールした女の子のイラストが描いてあって可愛かったんだけどね」

 今年3月。以前仕事でお世話になった、沖縄県内で落語イベントを手がける落語イベンターの知花園子さんが16年12月の「きまポ」写真をツイートしていた。

 「え、あそこ昭和からあるんですか!思春期のバカな男子たちは、みんなあそこの店名だけで笑ってました」と思わずリプライする私。すると、「私が小学生の時も『きまポ』ワードで生徒が盛り上がっていました笑」と知花さん。驚きと同時に「子どものツボって昔も今もあんまり変わらないなぁ」「そもそも気まぐれポニーテールってどんなところなんだろう」。自然と、きまポのことが気になり始めていた。


ルーツは福岡

 というものの、仕事の関係で4月から福岡で働いていることもあり、日々の業務に追われなかなか調べられずにいた。だが、いつまでも後回しにするのも良くない。5月下旬の休日、気まぐれポニーテールに電話してみた。わざわざ休みの日にそんなことをするのは私ぐらいだろう。

 対応してくれた、創業者の妻で、きまポを運営する会社の専務という60代女性は当初、突然の電話に戸惑いつつも、丁寧に答えてくれた。

 女性によると、ホテルは1987年オープン。特徴的な店名は、なんと私が住む福岡に由来していた。設計士が福岡で見つけたラブホテル「気まぐれポニーテール」の店名を薦められ、福岡の店舗に許可を取って開業した(ちなみに福岡の「元祖きまポ」はずいぶん前に閉店したという)。

 「みんな『きまポ』って言ってますよね。一度聞いたら忘れない。名前で覚えてもらった」と、しみじみ振り返る女性。オープン後も仕事は大変だったそうで、「以前は平日は予約も取っていましたが、キャンセルされることも多かった。まさに『気まぐれ』な人ばかりでした」

今はもう「きまポ」ではない!?

 実は「気まぐれポニーテール」という店名は2014年の暮れに「ホテル ポニーテール」に変更されている。同時期に、別のホテル経営者から買い取り、新たに姉妹店「ホテル ポニーテラス」(14年12月〜)「ホテル ポニーティアラ」(18年8月〜)を近隣に開いたことを機に、施設をリニューアルしたことで名称も変えた。とはいえ、いまだにきまポの名称を口にする人も少なくないという。

気がついたら「龍柱」が建っていた若狭

 振り返ってみると、きまポがある若狭地域にはビーチや、初詣で行く波上宮、商業施設「エスパーナ」でかつて営業していた沖縄ローカルハンバーガーチェーン「Jef(ジェフ)」など、高校生ぐらいまではちょこちょこと足を運んでいたけれど、どことなく「ちょっと怖い」イメージがあった。特に夜間のビーチ沿いは何となくトラブルに巻き込まれそうな感じがして、近寄りがたかった。

 そんな若狭の雰囲気が変わってきたのは、2011年の「那覇西道路」の開通が大きかった。那覇空港からビーチまでの移動時間が短縮され、13年には「波の上うみそら公園」ができ、大規模なバーベキューエリアも誕生。観光客も多く訪れる「パリピスポット」になった。

 極め付きは15年末に完成した「龍柱」。建設当時、私は県外の大学に通っていたため、詳細は知らなかったが、翌16年に帰省した際、道路を挟んで建つ2本の巨大な龍の背後に「きまポ」の看板がチラッと見えて、ギャップに思わず苦笑した。一言で言うと「壮大な違和感」。全然街並みと合わね~ しかも総事業費3億円超えって…。とドン引きしつつ、沖縄がインバウンドを迎え入れる新たな観光時代に突入していることを実感した。

龍柱の背後にチラッと見える「きまポ」のピンク色看板
(グーグルマップから)

きまポは1人でも泊まれる

 時は流れて2022年。新型コロナ禍のなか、きまポ(今は店名は変わっているが、便宜的に使わせていただく)には週末はコロナ前の9割の客が訪れるものの、平日は以前の6割ほどしか来ていない。周辺のラブホテルも、店を畳む人が年々増えているという。

 それでも女性は「髪の毛1本も残さず、という気持ちで仕事している。とにかく楽しんでもらうのが一番だから」。電話の最後には「カップルでも1人でもいい。ぜひくつろぎに来て」と明るく呼びかけた。

 思えば、実はまだきまポに泊まったことがない私。コロナでホテルに泊まる機会も減ったし、そもそもパートナーともお別れしちゃったしで、なかなか訪れる機会はしばらくなさそうだが、私の大好きなサウナが付いた部屋もあるようだ。きまポの歴史をいつか経験する日が来るといいなと思う。それにしても、「大みそかも除夜の鐘を聞きながら仕事している」と語っていた女性のタフさには本当に圧倒されました。


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