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ジートピア

こんにちは。今回は行ったサウナの話。

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 あなたは、雄大な大地に佇むバッファローを眺め、この上ない幸せを感じたことがあるだろうか。

 私は、ある。

 それも、彼らをはじめとしたアメリカ的家畜・野生動物が多く生息するコロラドの山々やネヴァダの砂漠などの土地でではない。
 私がその体験をしたのは日本。千葉県は船橋市にある温浴施設の中であった。

 ジートピア、そう聞いてはっとする人は一体いくらいるだろうか。

 サウナが好きな人なら、ピンとくる人はいるかもしれない。JR船橋駅・北口を線路沿いに歩くとすぐに見えてくる、サウナ、カプセルホテル、レストランなどが入った複合施設のことだ。

 今回不意に訪れた二連休のおよそ半分を過ごす場所として、私はここを選んだ。利用するのは今回が初めてだったが、良い施設である確信はあった。

 かねてから拝見しているサウナ系Youtuber、カステラ侍さんが動画内で絶賛していたし、サウナのポータルサイト「サウナイキタイ」で千葉県内のサウナを調べると、筆頭に上がってくる人気施設であったためだ。

・カステラ侍さんの動画

 
 それに東京在住の私にとってこの施設は、電車で一時間ちょっとで行ける上、いいサウナを味わい、そのまま宿泊できるという、お金も時間もさほどかからず小旅行気分を提供してくれる理想的な場所でもあった。

 到着すると、そのビルの大きさに圧倒される。無骨な縦長の建物を古代ローマ風の石像や装飾であしらった外観は、高速道路沿いなどで見られる一昔前のラブホテルのような雰囲気だ。

 サウナーの血が騒ぐ。サウナ施設をある程度巡ったものになら誰にでもある心の方程式「見た目が古めかしいほど、その内にいいサウナを秘めている」にピタッと当てはまる外見だったからだ。

 つい急ぎ足になるのを抑えながら、靴をロッカーにしまい、受付を済ます。フロントのお姉さんによると大浴場は二階で、利用するにはまず一階にあるロッカーで館内着に着替えてから移動するように、とのこと。
 言われるがまま、ロッカー室に向かう。ここも、部室にあるようなシンプルで狭いロッカーが、フローリングの床に無数に並んでいるだけの無駄のない空間。その年季の入り方でさらにサウナへの期待が高まる。

 館内着はワッフル生地で上下別れているタイプ。着てみるとわかるが、トップスの丈が異様に長い。それに下はハーフパンツ、上下共にオーバーサイズ気味ときたものだから、シルエットはまるで90年代のヒップホッパーだ。カニエ・ウエストが着て初めて格好良くなるレベル。
 そんな自分の姿に苦笑しつつも、赤いカーペットの階段を登り、大浴場へと向かう。

 二階に上がると正面に壁があり、左が大浴場、右に行くとマッサージ・コーナーがある。
 左に進み、館内着を脱ぐ。そして、私は待望の大浴場との対面を果たした。

 大浴場は、上から見ると、くびれている箇所が左上にくるようにした勾玉のような形をしており、左側の壁に沿ってカランやミラーが設置されている。
 浴室の真ん中には三つの湯船(うち一番右側は水風呂)があり、まばらにいくつかのベンチと椅子が置かれ、そして左下には主役とも言える二つのサウナ(高音サウナと低音サウナ)が見える。
 広さは、家族連れで行くようなスーパー銭湯と比べるとかなりのコンパクトさである。コンビニが二つ入るかどうかくらいの敷地だ。
 しかしそのストイックな構成が、サウナ→水風呂→外気浴のサイクルしか考えないサウナ中の男達の動線を、自ずと単純明快にしてくれるのだ。
 既に好感を抱きながら身体を洗い終えた私は、手始めにと高温サウナへと向かった。

 熱い。

 肌が焼けるようなヒリヒリとした感覚が全身を包み込む。
 オレンジのマットが床と座席に満遍なく敷かれたサウナ室は薄暗く、室温計をみると115度前後を示しているのが確認できる。
 私もこれまでにいくつものサウナ施設に足を運んでおり、それなりの熱さにも慣れているはずだった。110度越えの設定は確かにサウナの中でも高い方にあたるが、だからといって、これが初めてではない。

 しかし、これまでにも感じる熱さの正体はなんだろうか。
 
 湿度の低さだろう。サウナ室の壁に設置されたテレビから流れる午後のニュースを横目に、私は一つの仮説をたてた。

 ここに入る前に感じた建物の年季、サウナ室に入ったときに感じた肌のヒリヒリ感と110度越えという強気の温度設定。
 それらの特徴はまさに、昭和ストロング系サウナのそれだった。

 昭和ストロング系サウナとは、昭和・もしくは平成初期頃から経営を続け、その時代に流行ったサウナの設定を現在でも継続している施設のことを指す。
 そしてその設定というのが、室内の温度は高めにしているのにもかかわらず、湿度は低めに抑えるというもの。
 ここで感じた特有の熱さとは、この「昭和ストロング」ゆえのものだったのだ。

 一人そんなことを思いながら、サウナに入ること数分。汗は滝のように流れた。乾燥からか、床に敷かれたマットに足を置くことすら痛い。
 強烈な洗礼に、考え事もままならない。先ほどまで頭を巡らせていた「昭和ストロング系サウナ」についても、流れるTVの映像・音も、自分とそれを包む熱の外へと追いやられていた。

 このように、考え事やテレビを見る余裕もなくなるのは、私のサウナ習慣の中でときおり起こるもので、かなり高温のサウナに入ることで発現する。
 この状態になると、大抵もう5分は入っていられない。良くて2・3分といったところで、今回も例に洩れず、そのあと2分程度でサウナ室を後にした。

 サウナ室から出るとすぐに水風呂がある。ありがたい。
 掛け湯で汗を流し、水風呂に飛び込む。それほど水温が低いわけではないが、水質が良いのか、肌になじむ感触が心地いい。気を抜くといつまでも入ってしまいそうだ。

 1分程度水風呂に浸かり、足先が冷えてきたことを実感すると、次は外気浴だ。
水風呂を出て左手にはドアがあり、そこに外に外気浴スペースがあることを表す張り紙(ラミネート?)が貼ってあることを発見した。
 つまり、浴室スペースとはまた別に、休憩のための場所がある、ということだ。

 私は歓喜した。この想定以上に温まった身体を冷ますには、外気の空気しかないだろう、と考えていたからだ。
 そのドアを開けると、ビルの非常階段と左手にあり、右には広めのベランダがあり、そこが外気浴スペースへと改造されていた。

 ベランダの壁がない部分は、外から見えないようにカーテンが掛かっており、床には6つの白いガーデンチェアのようなものが置かれている。ここで整え、ということだ。
 ここまでは良くある外気浴のスペースだ。鶯谷のサウナセンター、恵比寿のドシーとスペースの活用法は変わりない。

 しかし、大きな特徴が一つ。椅子に座った際に正面となる壁に、大きなスクリーンが掛かっており、そこに雄大な自然を動物たちが躍動し、川や山の木々が自然の胎動に揺れ動く映像が投影されていたのだ。

・ジートピア公式Twitterにアップされていた外気浴スペースの画像。このスクリーンに本文にあるような映像が映されていた。

 暑く火照った身体を水風呂に通した後のふわふわとした感覚のまま、椅子に座り、何と無くその映像を眺める。

 するとどうだろう。

 先ほどの身体の浮遊感と視覚から取り入れられる美しい自然が一体となり、まるで自分もその映像の世界の一部になったかのような錯覚へと陥った。
 溶けそうなほどの浮遊感と錯覚を起こし、ぼんやりと靄が掛かった頭の中、普段よりも強く感じる脈。
 そして私の目線の中には一頭のバッファロー。雄大に広がる青緑の大地に流れる川へ、彼は頭を突っ込んでいる。恐らく水を飲んでいるのだろう。一定のリズムで頭が上下している。

 私はいつの間にか眠りへと落ち込んでいた。それも大きな幸福感を伴いながら。

 数分間の短い眠りだったが、目を覚ました後も、その幸福感は継続していた。顔をあげると、スクリーンからはバッファローは消えていたが、彼のいない山々の輪郭の中にも、彼の気配を感じ取ることができた。

 そしてこの自然と一体になった感覚と幸せな気持ちはこの後もしばらく続くだろう、という半ば確信めいた気持ちを抱きながら私は、この外気浴スペースを後にした。

 要するに、とても良かった、ということである。
 長ったらしく説明してしまう癖やめたい。

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