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【読書案内】三島由紀夫『美徳のよろめき』

※本記事は、宣伝会議「編集・ライター養成講座49期」の講義内課題で作成しました。

「よろめく、姿」


 人には誰しも忘れられない恋がある、とはよく耳にするが、あなたは「よろめき」という言葉をご存知だろうか。一九五七年に刊行された三島由紀夫の小説『美徳のよろめき』から流行した、不倫を表す言葉である。

 いわゆる「不倫小説」である本書だが、三島特有の耽美的文章によって、主人公の言動はとても美しく神聖に描かれている。この点に当初は惹かれたのだが、読み返してみるとその美しさのあまり生活や言動のリアルさが薄れてしまい、以前ほど文章の神聖さに魅力を感じなかった。

 本書を初めて手にした約十年前。よろめきながらも自分の美徳を遵守しようとする主人公の姿やその価値観は、当時女子大生だった私と大きな相違があった。しかし結婚を経て母親となった現在では「明日には私が(あるいは私の知人が)主人公と同じ人生を歩みだすかもしれない」というような決して他人事ではない現実味のある面白さがあった。よろめいていく姿はただただ惨めで愚かなのだが、本来人々がする「不倫」というものは、始まりがどうだろうと、過程がどうだろうと、結末がどうだろうと、惨めで孤独で虚しいものなのではないか。こんなにリアルな不倫小説だったとは!

 「文章的にはリアルさを感じられないが主人公は非常にリアル」というカオスな感想を抱いてしまったが、美しく神聖な文章による「非リアルさ」は、不倫ものに抵抗のある方にとっては非常に味方になる。ましてや、主人公の「リアルさ」は、読者自身もしくは身の回りにいる誰かの姿を重ね合わせながら読むこともかなうだろう。

 さて、実はこの原稿内では主人公の行為を「不倫」ではなく、全て「よろめき」と表記したのだが、はたして「よろめき」の真の意味とは何なのか。作品の結末はハッピーエンドなのかバッドエンドなのか。主人公の一連の行いは本当に世間から責められるものなのか。ぜひこの道徳的な背徳の世界を一度は覗いてみてほしい。

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