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森鴎外と雨の関係

このnoteは1999年にenpitsuで書いていた日記エッセイを元に発行した「へなちょこ雑記帳on web」という同人誌からの再掲です。

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久しぶりに、昔住んでいた仙台の街並みを彷徨う夢を見た。
ふと頭をよぎった映像は、雨の降る街と、仲良しだった晴美ちゃんの姿だった。

私は小学4年から6年迄、父親の仕事の関係で仙台に引っ越していた。そこでいつの間にか仲良くなっていたのが、晴美ちゃんだった。
晴美ちゃんはクラスの中でもませていて、胸も背丈も大きくて、それでいてちょっとおっちょこちょいで、一緒にいて楽しくなる女の子だった。
にっ、と笑うとちらりと見える八重歯が、女の私から見ても可愛かった。
二人とも勿論他に友達はいたけれど、気が合って毎日毎日、空想遊びをしたり、サイクリングしたり、大好きなチェッカーズのレコードを聞いてキャーキャーしていたのだった。

しかし、出逢って半年位の間に、立て続けに晴美ちゃんの身に不幸が起きて、挙げ句の果てに家を焼け出され、電気屋の廃屋の二階に父子二人で住むことになってしまった。

「ごめんね、もうチェッカーズ聞けないの。レコード全部燃えちゃった…」
がっくりうなだれて泣きじゃくる晴美ちゃんの背中を、ただ撫でてあげることしかできなかった私。

そういった不幸につけこまれてか、晴美ちゃんは宗教にのめり込んでしまって、私は当時何も知らなかったので一緒に聖書などを読んでいたのだった。
そんな私に晴美ちゃんは、笑いながらこう言うのだ。

「ねえねえ知ってた?人ってね、りんねてんせいして蘇るんだよ。もし私たち、世界の終わりで死んじゃっても。来世でまた友達になれたらいいね!」

初めは言葉が出なかった。とりあえず、うん、そうだね…と生返事したけれど。
だって、彼女は、今生きる事を考えていない。死ぬ事を前提にして生きている。まだ小学5年生なのに…。
そんな後ろ向きな考えを吹き込んだ、宗教ってものが憎くなった。
それからなのだ。私が宗教全般が嫌いなのは。

「あのね、お願いがあるんだ」
と言って晴美ちゃんが私に一冊の本を差し出した。
森鴎外の「舞姫」だった。
「なんでこんな難しい本持ってるの?晴美ちゃん読めないんじゃない?」
「ん、晴美もね、もっと勉強しようと思うんだぁ。あまちゃんってどんな難しい漢字でも読めるから、この本にふりがなふってもらいたくて。いい?」
「(うっわ難しそう…)あ、うん、大丈夫だよ!」
見栄っ張りな私は、舞姫を受け取って必死にルビをふっていた。文章が難しくて読んでもさっぱり意味がわからなかった。でも、大好きな晴美ちゃんの為に、一生懸命ルビをふっていた。

一週間位経ったある日、晴美ちゃんが引っ越すことを聞いた。
親戚の家を借りることができたとかで、クラスみんなでお別れ会をした。
「寂しくなるな〜。絶対、向こうに行っても手紙ちょうだいね!」
「うん、書く!絶対書く!晴美の事、忘れないでね。指切りだよ」

舞姫のルビうちは、終わらなかった。3日後の夕方4時にトラックで出ると晴美ちゃんは言う。
間に合いますように、間に合いますように。薄っぺらい舞姫にびっしりと文字を埋め込み、雨の道路を走っていく。左手に昔の晴美ちゃんちの焼け跡を通り過ぎ、豆腐屋のみちえちゃんちを通り過ぎて、胸が苦しくなるくらい走った。空気はどんより重くって、行く手を阻むゼリーのようだった。
ポケットに入れた赤いミッキーの時計は、夕方3時になっていた。

「間に合ったかな…」

昇り慣れた、廃屋の脇にある階段をカンカンカンと上がってベルを鳴らす。1回、2回、3回……。10回鳴らしても、晴美ちゃんは出てこなかった。物音も聞こえてこなかった。
今度は何度もドアを叩く。もう行ってしまったかもしれない、でももしかしたら……。だって、まだ時間があるもの。
雨はだんだん激しくなってきて、トタンのひさしのある階段に座って待っていた私にも容赦なく跳ね返ってきた。渡す本だけは汚さないように、シャツのお腹にくるんで、1時間はしゃがみこんでいた。

でも、とうとう晴美ちゃんには会えなかった。
最後のさよならも言えずに、行ってしまった…。

私の手の中に「舞姫」だけが残った。
もしかしたら、荷物がまだ中にあったりして、戻ってくるんじゃないか。郵便受けに入れておけば、わかってくれるんじゃないか。
…郵便受けを探したけど、下が空いている「新聞受け」しかなかった。何回も何回も、本を入れようとしたけれど「すとん」と落ちてしまう。

何故か泣けてしょうがなかった。仕方なく、入り口のドアに雨がかからないように立てかけておいて、ざあざあ降りの中をとぼとぼ帰ったのだった。

子供の頃の事なのに、こんなに鮮明に覚えている。

あの雨は、絶望的だった。

中学になってから地元茨城に戻って今まで、ちゃちなビニール製の七夕飾りを見るにつけ、仙台の豪華絢爛な七夕飾りを思い出し、「こんなもんじゃない」と比較してしまう。もっともっと、見上げるばかりの大きな飾り。
でももう今の私は、昔のように見上げることはないだろう…。素直に物事に感動するには、年をとりすぎた。

その後晴美ちゃんから、手紙が何回か来て、私も何回か送った。ただ、舞姫は彼女の手元に届かなかったのだけは、確からしかった。
何年目かの手紙は、転居先不明で戻ってきた。それきりどうしているのか、行方が知れないのだけど、元気でいるのだろうか。

大きくなることが、成長することが、忘れていくことならば、私は成長なんてしたくなかった。

あの時ゆびきりげんまんしたとおり、私は晴美ちゃんのことを忘れていないよ。
湿っぽい雨の中、そんな事を考えていた。

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