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なんだか悲しいって思うとき、原因は心の中にないのかも。

半年くらい前、朝目が覚めた瞬間悲しい気持ちになることがあった。

起き抜けの体温が上がりきらない、頭も働かない状態で、なぜか心だけがスンと寒い感じ。
なおかつそういうときって、直近で起きたちょっと嫌なことや、心配事が胸に入り込んでくるもので。
働かない脳は素直にジャッジしてしまうのだ。
『ああ、直近で起きたあれのせいで私は今悲しいのね……』と。

そうなるともう、それは確定事項となって『あれのせいで悲しい私』が一日のスタートを切る。

と、そんなことが何度かあって、ふと気づいた。
悲しい気持ちで一日そのままかというと決してそんなことはない。
なにかのきっかけで悲しかったことを忘れたりする。

具体的には、体を動かしたり、食事をしたり、誰かのお世話をしたり。
そんなことをしているうちに悲しみがどこかへ家出している。

『悲しい時はこういうことをすると軽減するよ』という話ではない。
そもそも、『悲しいと思ってたけど、実は違った』という可能性に気付いたのだった。

シンプルに、お腹が空いていたり、体調が悪かったり、寝不足だったり疲れていたり。
よくよく考えたら、そういうことから端を発するコンディションの悪さなのに。なぜか、心の中(記憶の中?)に原因を探そうとしてしまうのだ。

なので最近私は、『なんか悲しいかも』『不安かも』と思うとき、いったんそれを保留にしている。
本当に悲しいのかどうかは、すぐに決めなくてもいい。

まずは何か栄養を摂って、美味しいコーヒーを飲んだり。
または好きな音楽を聴いたり、推しを眺めたり(前田玲奈はいいぞ)。

寝不足じゃないかな、最近無理してなかったかな。
そういう自分へのケアをしてから、悲しくなっても遅くはない。

……ということを続けていたら、最近悲しくなることが減ったような気がする。
心の声を聴くことと、体の声を聴くことの両立って大事だ。

とっても動物的だなと思うけど、個人的には『悲しいと勘違いしてるときはお腹が空いている』ことが多い。
味覚の秋ということで、心と体を積極的に満たしていこうと思う。

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