道しるべ
まもなく梅雨入り宣言かという時節なのに、まだ5月のような青空を見せてくれた昨日だったので、久しぶりに夫婦で出かけるのもよかろうと、トレイル(ハイキング)というにはおこがましいほどの外歩きをした。
私たちが住む京都は盆地なので、周りを取り囲む山から吹き下ろして来る暖気が、抜け場所を失って街中をうろめくせいで、夏はことさら蒸し暑くなる。
そう思うと、盆地の底から眺める北山、西山、東山と呼ばれる山々が憎らしくなってくる。
だが、これらの山は、風を通せんぼするイケズな山なのではなく、北山杉や嵐山、比叡山など、京都を代表する自然や文化を長い時間をかけて育ててきた存在なのだ。
そんな京都の山々をくるっと1周廻れるトレイルコースがある。
京都一周トレイルだ。
京都一周トレイルは、全長48.km。伏見稲荷から比叡山までの東山コース、比叡山から大原あたりまでの北山東部コース、北山杉の北山西部コース、清滝から嵐山あたりまでの西山コース、京北コースに分かれるが、今回は、2014年に東山コースの南に延長された東山コース伏見・深草ルート(全長9.5km)を歩くことにした。
ちなみに京都一周トレイルは、一周という名が付くものの南に空白があり、実際は一周できない。まあ、京都の地形上致し方ないが。
ところで、私たちの出で立ちであるが、私は、半袖白無地のTシャツに3本線ならぬ2本線のジョギングパンツ。足元は、salomonのトレランシューズで、ウルトラマラソンの大会買った1000円のリュクを背負っている。
妻は、黄色いくまちゃんのTシャツに薄緑の夏用カーディガンを重ねて、下はジーンズ。足元は新調のmont-bellのミドルカットモデルに、娘からのお下がりの大きなリュックを背負うといった風だ。
ガイド本で予習していたのだが、実際このルートは街中を歩くことが多く、オフロード的な道はほんの一部しかないので、いわゆるトレッキングシューズまでは必要なかったように思われる。
何はともあれ、JR桃山駅から、マップ&ガイドをたよりに街中を歩き始めると、要所要所に、京都一周トレイルと書かれた道しるべが立っていて、これをたよりにコースを辿るのであるが、道しるべは、ちょうど10cm角×1m高のコン柱の表面を木肌のようにあしらってあって、前面に京都一周トレイルと縦に白字で書いてあり、その頭に、同じく10cm角の銀色の金属板を置いて、そこに、とても簡単な地図と進行方向が、例えば、”大岩山→”といった具合に書かれている。そして大抵は右下角に”F-04”といった記号が記されているのである。
私たちは、道しるべの記号とマップ&ガイドの”F-04”の示す位置とを見比べながら、現在地と進行方向を確認してコースを巡ることになるのだが、これが、カーナビに慣れてしまった私にとっては、ことのほか楽しかった。
私くらいの年齢で、屋外でポケモンGOをするのは、誰かに見られるかもと気が引けてしまうものだが、トレイルの道しるべ探しは、ポケモンGOをやってる気分にさせてくれるからだ。(全然違うよと怒られるかもしれないが。)
どちらが先というこだわりは全くないのだが、私が先に歩き、道しるべを見つけ、妻がマップで確認し、進行方向と沿道の目標物を教えてくれるという役割分担が自然とできあがった。
Fに示された数字が大きくなるにつれて、私は普通に歩いているつもりが、妻との距離が次第に大きくなっていく。道しるべまでそのままのペースで歩いてしまうと、ずいぶんな置いてけぼりになってしまうので、途中で妻を待つことにする。
ふぅ、はぁ、言いながら近づいてくる妻、あと一歩というところで私はまた歩き出す。
大岩山の展望台まで、ずっと、この調子だ。
展望台からは、大阪のビル群が見えるという。南の方を見渡すと、はるか彼方に、ビルが建ち並んでいるのが見えた。あれが、大阪なのであろう。
ペットボトルの麦茶を小さなカップに分けて交互に飲むと、大岩山からの展望を背景に、妻のスマホで互いの姿を記念撮影。妻は、すぐさま娘にLINEを送った。
一休み入れた後、また、道しるべを頼りに、私が先、妻あとで歩き出す。
今度振り返ったら、妻がいなくなってるのではないかと一瞬の不安に駆られ、はっと後を振り向くと、妻は、はぁはぁ言いながら私の後を追って来る。妻がやっとこさ近づいて来ると、安心して私は、また、歩き出す。
そして、あのてっぺんに金属の地図を乗せた道しるべを見つけると、妻と私は、マップ&ガイドとにらめっこしながら、ほんの少しだけ言葉を交わした。
また、私が先に歩き始める。
こんなふうにして、私たちは、終点の伏見稲荷までを4時間かけて歩き終えた。
(おわり)
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