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くまのハルコ

ハルコは、くまのぬいぐるみです。彼女が家に来たのは、もう随分と前で、大学生の娘が、まだ幼稚園に通っていた時分のことです。

私たち家族三人は、ゲームセンターでハルコを見つけました。クレーンゲームの中でたくさんの兄弟たちに囲まれて寝転んでいたのです。幸いにも店員さんが優しくて、

「お腹のあたりを押したら取れるよ。」

と娘に教えてくれました。そのとおりにすると、穴からひょこっと頭が出てきました。取り出してみると、ちょうど娘の胸あたりの背丈です。

以来、ハルコは私たちの家族です。娘の服で着ないのがあったので着せてやるとぴったり。寝る時は、いつも妻に抱きかかえられて寝ます。娘が少し大きくなって別の部屋で寝るようになってからは、気まぐれに娘と寝たりもします。私が昼寝をしていると、そっと横で寝ていることもありました。

ハルコの好物はあんぱんです。私たちが三人だったころは、丸いあんぱんを三つに切り分けるには角度が面倒だったのですが、ハルコが来てくれたお陰で、縦と横、それぞれ半分ずつ切れば良くなったので、大変重宝しています。もちろん、最後の一切れはもう一度三等分するのですが。

ハルコはお話もできます。私は、人と話すのがあまり上手くありません。すらすらと言葉が出て来ないのです。妻も娘も無口な方です。これでは、会話が弾むわけがありません。

そこに、ハルコが来てくれて、会話ががらりと変わりました。

「おかえり、あんぱんは?」

私がハルコを抱っこしながら言うと、娘は、

「毎日は買って来ないよ、ハルコ。」

また、ある日のこと、娘が部屋で、むくれていると、妻とハルコがドアをノックして、

「こっちに来て、いっしょにご飯食べようよ。」

しばらくすると、娘が部屋から出てきました。

私は、ハルコの黒くて丸い瞳で見つめられると、何でも話していいような気分になります。妻や娘もそうでしょう。ハルコは、何を聞かされても、ニコニコしながら黙って聞いています。

娘は、大学二年生。そろそろ何でも話せる人を連れて来てもおかしくない歳頃です。

一方、ハルコは三歳のまま。でも、この頃、少し毛が薄くなったり、目が濁ったりしています。

ずっとこのままで、いられないことはわかっています。でも、もう少しだけ四人で暮らせないかなと思ったりします。

(おわり)

サポート代は、くまのハルコが大好きなあんぱんを買うために使わせていただきます。