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「いい人」ってなんだろう。

「あのひとはいい人だよね!」
「あの子はいい子だから、頼れる!」

「いい人」って、誰にとっても存在すると思います。
自分の心の中でもあの友達は「いい人」って言い切れる人が
数人存在します。

でも、「いい人」って考え方によったら、

自分のお願いをよく聞いてくれる人

自分にとって都合の良い人

なのではないでしょうか。

例えば、遅刻を許してくれる友人。
休んだ授業のノートを見せてくれる同期。
シフトの融通をきかせてくれるバイト先の店長。
どんなやばいレポートでも単位をくれた教授。

いい人です。



あるエピソードを紹介したいと思います。
私が大学で、あるスポーツの準体育会のマネージャーをしていた時、
プレイヤーの男子が、あるマネージャーについてこう言いました。

「あの子は、いつもニコニコしていて気が利くからいい子だよね」

その時、ゾッとしてしまいました。
よいマネージャーであるためには、いつも笑顔が必要なのか?
君たちに従順であることがいいことなのか?

などと、マネージャーながら考えてしまいました。
同時に、部活などに「お母さん」と呼ばれるようなマネージャーもいますが
その人をお母さんとすることでなんでもやってもらえると思われること
に苦手意識を覚えます。


いい人って本当に自分にとっていい人なんでしょうか。

誰かが必要なときに、やってくれる存在。

その人がいなくなったら自分はどうするのだろう

いい人がいることで、自分は自立から遠のく気がします。



反対に、自分にとって思い出したくない人もいます。

自分が高校生の時に、一方的に絶縁してきた友人。

しばらく、口をきいてもらえなかったし
グループからも省かれました。
大学生になった今でももう一緒に笑うことや話すことはありません。
同窓会でも目を合わせませんでした。

しばらくして絶縁した理由を聞くと、
「私がその子のことを言葉で傷つけてしまった(いじりすぎた)」
ために、その子は私から身を引いた、とのことです。

当時は、なんでグループから省かれて
一人でこんな思いをしなければならないのか。
その子を憎みました。

でも絶縁された理由を聞いた私は
「やり過ぎた。人は傷つきやすいもの。いじりだってやり過ぎたら誰だっていやがる。」

ということを学び、それ以来人をいじりすぎることはなくなりました。

この教訓のおかげで今周りの人と良好な関係を築けているように感じます。


結果からして、本当にいい人とは、
自分のいうことをすんなり聞き入れてくれるいい人ではなく、

自分に足りないものを強引にでも教えてくれる人


なのではないかなと思います。
当時は、絶縁してきた友人をすごく憎みましたが、
今では感謝すら、する思いです。


いい人をいい人にひとくくりにするのではなくて、

自分にとっての本当の意味でのいい人について
この機会に考えてみるのはいかかでしょうか。


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