『今昔こばなし集』「同じ夢」

今となっては昔のはなしだが、あれはちょうど3年生で卒業式の練習をしていたから、おそらく2月のことだったと思う。

私は、中学校3年生の2月、もうすぐ高校生という時期。私は、1ヶ月間同じ夢を見た。

夜、布団に入って、目覚ましをセットしたかどうかなど考えている内に、寝落ちのような形で眠りにつく。
部活を引退してから半年が過ぎたばかりだった。
部活を引退するまでの2年と半年。私は、部活を生き甲斐とし、中学校=部活だった。引退してから、同じ部活の同じ学年の人達は、みんな足を揃えたように受験勉強をしだし、お洒落に目覚めていた。

私は、それについていけない人間だった。

夢は、私がベッドから起き上がるところから始まる。

さっき眠りに落ちたようなのに、目が覚めてしまった。
ただ、夜眠りについた時より周りの様子が明らかにおかしい。

まず、私の部屋にベッドはない。

その時点で、「ああ、これは夢か」と分かるのだが、そう決めつけるには、この夢がやけにリアルだった。

周りを見回すと、自分が寝ていたベッドが驚くほどの広さで、部屋は家具が少ないからか、寂しいくらい広さを感じた。これ以上は覚えてない。テレビとかで広い洋風の部屋を見る度に感じるデジャブは、きっとこの夢のせいかもしれない。

私は、自分の身体が現実と違うことに気が付いた。現実より逞しい気がする。
そして、何より現実より髪が長かった。

ドアを誰かがノックする。

返事をするか迷っていると、勝手にドアが開いた。否、もちろんドアを開ける人物がいる。

そして、第一声がこうである。

「___は、死にました」

残念ながら、いつも誰が死んだのかが分からない。

でも、私は、不思議と聞き返そうとは思わなかった。

しかも、いつも自然と涙が出ていた。

「そう。」

ドアを開けた人物は、黒いスーツに目立たない色のネクタイを付けた男の人だった。
詳しい顔はいつも覚えてないけど、私が自然と好感をもつ顔だったことは確かだった。

私がベッドから這い出て、着替えをする時も、その男は当然のように部屋にいて、私を見ていた。私は、恥ずかしいと思わなかった。

夢の中での私は、現実より10くらい年上の身体つきをしていた。

24歳くらいに思ったのは、夢の不思議だろうか。ただ、間違いなく、14歳の身体ではなかった。

「ねえ、___。今日は何をするの」

私は、自然とスーツの男の名前を知っていたが、音にはなってなかった。でも、男は名前を呼ばれて、私に質問されたという表情をしている。

「あなたは、ただここにいて、私の報告を聞いてくださればいいのです。」

その時、少しだけ男が笑う。
ここで私は、『ああ、これは何度も見た夢なのだ』と思い出す。

「___は、いつもあなたのそばにいました」

さっきの死んだという報告の名前と一緒。
でも、やっぱり名前は聞こえない。

「あなたが___に会ったのは、随分と前だと思いますが、ここ最近の2年間は、非常に楽しい2年だったと最期に言っていました。」

「___を、私は、何度も怒らせたような気がするの」

私も誰かの名前を言ってみた。でも、音としては聞こえなかった。

夢の中の私は、非常に女らしく話していた。

男は、やはり笑っていた。

「怒っていませんでしたよ。ただ、別れは悲しんでいました。」

「私は不思議な感じがする。悲しいような……嫌な言い方だけどね、吹っ切れたような気もするの」

夢の中の私は、自分でも驚くほど饒舌だった。

「ねえ、最期に___は、どんな表情だったのかしら。笑っていた?泣いていた?」

「両方です。泣きながら、笑っていました」

良かった。
誰だか分からなかったが、夢の中の私は、男が言ったその一言に、酷く安堵した。
そして、何かから解放された気持ちでもあった。

「さあ、そろそろ眠りにつきましょう。もう遅いです」

時間はそんなに経っている感じはしないが、男にそう言われると、何だか眠くなった気がした。
今、目を閉じたら、深い眠りにつけそうだ。

「ねえ、___。あなたは、___がいなくなって悲しい?」

目を閉じかけて、男に問いかける。

「私ですか……私は」

スーツの男は、そこで一呼吸おいた。

しばらく待っても返事が来ないので、そんなに深く考えなくてもいい、と言おうと、閉じかけた目を再び開ける。

そして__、

いつも、ここで目が覚める。

28日間、この夢を毎日見ていた。
いつも、途中で同じ夢だと気付く。

男の答えが気になり、目を覚まさないように気をつけても、いつも同じところで目を覚ます。

そして、一日が終わり、布団に入り、目を閉じる頃には、夢のことは忘れているのだ。
でも、この1ヶ月は私にとって、大事な1ヶ月となった。



今となっては昔のはなしだが、私は1ヶ月同じ夢を見た。
今になったらきっとそうだと思うのだが、あの夢での、「『___』と呼ばれたの人が死んだ」というのは、何かの暗示だったのだと思う。

部活を、引退してからの、周りの人達の、部活に注いでいた有り余ったエネルギーの発散の仕方についていけなかった。

髪型を気にして、テレビに映る人達の髪型を真似をするのが嫌だった。

異性を意識し出した友人達と話すのが、途端に嫌になった。

周りに合わせて話そうとする自分自身が嫌になった。

私は、スポーツをすることによって紛らわせていた、ひとつの自分の気持ちに、正直になることを、あの1ヶ月で決心しようとしていたのだ。

たとえ、周りになんと言われようと。

夢の中に出てきたスーツの男が答えを言わなかったのは、私の背中を押すためだったのではないかと思う。

私は、3月に中学校を卒業した。

それと同時に、今まで生きてきた性別とも、別れを告げた。



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