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肝性脳症は少しずつ確実に進行する

母はどんどん歩けなくなっていた。肝性脳症で、どんどん眠っている状態が増えてくる。
だから筋肉もどんどん衰える。
本人はトイレは自分で行く!とそれだけは強く思っているからベッドから降りる。だけど転倒する。
ベットの前で、トイレの前で。

とっさに手をつくことなんでできないから、そのまま床に頭を、顔を打ち付ける。母の頭には大きなたんこぶが腫れあがり、顔には青あざができている。
そんな母の顔をみると悲しくて辛い。

私には何もできない。
24時間、施設のスタッフがみているわけにもいかないから、母が動かない限りこれは仕方ない。
怪我のリスクを考えたら動けない事がいいのだ。
でも強いて動けなくすることは母に対する虐待になる。
トイレまでの動線に手すりやら、ベッドの位置や高さなど、スタッフの方たちは色々考えてくださった。

トイレのときはコールしてね、といって「わかった」といっても、一度たりともそれができたことはない。意味が通じていないのだ。手すりを持ってね、と言ってもこれもちゃんと持てない。安全対策として、やれることは色々やったのだけど。

何度も、転倒するので頭部の検査のために病院に連れて行った。
車椅子に乗った、目のまわりを青く腫らしたおばあさん。
なんてひどい、と驚く他の患者さんからは、私は虐待をしている娘に見えるのかなぁ。。

眼科にも連れて行ったことがある。踏ん張れない母を車椅子から検査の椅子に移動して座らせるのは3人がかりで一苦労。でも視力検査はちゃんと普通にできる。「上」「こっち」「下」…。手を使って、正確に。
よくがんばったね! なんて子供に言うみたいな気持ちになる。

なんだろう。変な気持ち。
どんどんできることができなくなって、欠けていく母がちゃんとできたら、よかったね!がんばったね!と心から嬉しい。だけど、それは「母」に対する気持ちじゃないよね?

ぽろぽろと「母」を作り上げているピースが落ちていくのを、一生懸命ひろいあげて、あった場所に戻そうとするのに、ピースがあった場所が見当たらない。
あ、ここだ、と思っても、もうぴったりはまらない。
母の今の状態はそんな感じ。
それをもうひとりの私が俯瞰してみている。

11月のある日、意識が無くなって母は入院した。
この時は本当に呼びかけても反応がなくてもうダメかなと覚悟した。
だけど、やっぱり母は還ってきた!
ホント何回も死にそうになってるけど毎回還ってくる(笑)強い!

退院の日、長い間面会できていない、私以外の子どもや母の親族に、もしかしたらこんな機会がもうないかも、と退院の時間に合わせてきてもらった。

入院したという認識がない母は、きょとんとしながらも、みんなと笑って写真を撮っていた。
子供みたいにニコニコして、時間が長くなってきたら、もう帰りたいと文句を言って。

なんだか、私1人が深刻に空回りしてるみたいやん(笑)
まぁいいか。

でもほぼ1ヶ月入院していた母は、病院ではほとんどの時間をベッドで過ごしたこともあり、完全に寝たきりになった。
転倒のリスクはなくなったけど、母は介護5になった。

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