バックパッカー旅 トルコ編 vol.3
イスタンブールからギョレメまではバスで12時間ほどかかる。深夜便だとちょうど良い時間に到着すると考え、0時あたりに出発するバスを予約した。
チケットを見せて中に入る。バスは左右に2列ずつ座席があり、最後尾だけ通路分も合わせて5席ある形となっていた。僕は最後尾の、バスの進路方向から右側にある角の席に座った。
格安バスにしては珍しく、革で座席シートが作られていた。ヨーロッパでの移動もバスだったが、全て布製であった。
バスターミナルにはそれなりの人がいたが、バスはそこまで混雑していなかった。海外で深夜バスに乗る場合、座ったまま寝るのではなく、隣り合った2つの席を利用して横になって寝る人がほとんどだ。今回は隣に誰も座っていなかったので、僕も2つの席を使って横になって寝た。
目が覚めると朝の7時ごろだった。目をこすりながら外を見ると、枯れ草が生えた草原が一面に広がっている。もしかすると収穫が済んだ小麦畑なのかもしれない。ヨーロッパとは異なり乾燥が強いので、景色全体に緑がほとんどなく、砂漠に近い色をしている。
ギョレメに近づくにつれ景色が変わっていく。ギョレメ内には火山があり、昔は活動が盛んだった影響で、大量の凝灰岩が形成されている。そのため凝灰岩でできた山や岩がこの土地の多くを占めており、独特の景観を生み出した。凝灰岩は比較的柔らかいため、削って人の家や教会にする歴史があり、現在はホテルなどに利用されている。かなり白に近い灰色の凝灰岩が視界を占める道路を、バスが隙間を縫うように進んでいく。
バスターミナルに立つと眩しい日差しが目に焼きついた。凝灰岩の色合いも相まって、イスタンブールと比べてもかなり強い光だ。
地図を確認しホテルに向かう。観光地として栄えており、アジア系の観光客が多く見られた。すれ違う人からは日本語もちらほらと聞こえる。出店の老人が僕に呼びかけてお土産を購入を促している。
ホテルに着くとちょうど中国人の観光客がチェックインを試みていた。荷物を背負いながら待っていると、別の中国人が「Chinese?」と声をかけてきた。思えばアジアっぽい人が中国なのか韓国なのか日本なのか、見分けるのは僕ですら難しい場合がある。「日本人です」と返すと、彼女は微笑んでいた。
ホテルの部屋は洞窟だった。ドミトリーの中でも収容人数が多く、16人が1つの部屋で寝ることになっている。洞窟の中なので湿度は高く、気温は外と比べると低い。換気の仕組みは整っており、部屋の隅の天井に大きな穴があった。
外が少し暗くなってきたくらいで、ギョレメの街を散策し始めた。イスタンブールや首都のアンカラとはかなり距離があるものの、観光地としては人気なので人が多い。特にやることもなかったので、丘のような斜面を登ってみる。トルコでは野良の動物を保護する文化があるからなのか、道中では多くの野良猫・犬を見かける。彼らも人間が餌をくれることはわかっているので、鳴きながら通行人を追いかけたりしている。
丘を登るにつれ、ギョレメの街の全体像が明らかになってくる。夜というのもあり、街の隅々で明かりが灯り始めていた。街の規模としては比較的小さく、また少し盆地のような地形になっていた。夜景を見る動機で丘を登っていた観光客がひっきりなしに写真を撮っている。野犬はそれに意を介さずに眠っていた。
数日後、僕はたくやさんとみほさんおよびたくやさんの両親と観光に出かけた。ギョレメのバスターミナルで合流すると、すでに夫妻が借りていたレンタカーに案内された。5人乗りなので、中に入ると圧迫感がある。清潔感はあるものの、年式がかなり古そうなマニュアル車だった。どうやらトルコにおいてはマニュアル車が主流であり、オートマの車はほとんどないそうだ。車を走り始めて早々、たくやさんがエンストを起こしていた。
右側通行の道を左ハンドルの車で駆け抜けている。日本と比べて両者が逆なので違和感を感じる。思えばここまでバスか電車でしか移動したことがなく、乗用車に乗るのは初めてだった。左ハンドルの車はウインカーレバーが逆なので、たくやさんはよく間違えてワイパーを出していた。その度にたくやさんの父親は喜び、今までに謝ってワイパーを出した数を笑いながら数えていた。
車を2時間ほど走らせて着いたのは、トゥズ塩湖だった。1kmほど続いており、以降は湖のようだったので歩いてみる。日差しの反射がとても強く、裸眼では景色を見ることが不可能なほどだった。塩湖は水分を帯びており、サンダルで歩いていると塩水が跳ね上がる。歩いているとふくらはぎやすねについた水が乾き、白い塩が皮膚に付着する。
道中でトリックアート写真を撮ろうとしたが不可能だった。ウユニ塩湖のように地平線まで円弧が続いている場合は撮れるのだが、トゥズ塩湖の場合はそこまで規模が大きくないので錯覚させる写真が撮れない。
少しずつ歩くが、まったく湖に辿り着かない。1.5kmほど歩いたところで蜃気楼の存在に気づいた。おそらく近くに見える湖は本来もっと遠い位置にある。塩湖と湖の境目を見てみたかったのだが、距離の見積りが難しそうなので諦めることにした。
車に戻ると、今朝作ってくれた昼食を僕に分けてくれた。サンドイッチとゆで卵をありがたくいただく。ホテルでビュッフェ形式で提供された朝食を昼食用に取っておいたらしい。
1人で旅をするバックパッカーにとって、卵の存在はとても貴重だ。どの国でも最小で6個パックで売っており、1つの滞在先で使い切るには多いからだ。その旨を伝えると「もっと持ってくればよかった〜」とたくやさんの母が嘆いていた。
全員が昼食を食べ終わると、ギョレメへと車を走らせた。
帰路では好きなテレビ番組の話をしたり、東京に住むと芸能人に会えるのかという話をしていた。僕が「いぬ」という芸人がUber配達をしていたところを見たという話をしたのだが、知名度が低いせいか微妙な空気になってしまった。
また途中、トイレットペーパーでお尻をどう拭くかについて真剣に議論をしていた。ウォシュレットを使うと汚れが無駄に広がるから使いたくない。前から手を伸ばすよりも後ろから手を伸ばして拭いた方が良い。といったことを話していた。この手の議論について、僕はどういった意見を持っているのか考えていたが、特にこれといったものが浮かばない。仕方なく、黙って議論の様子を見ていた。
道中でガソリンは入れたのだが、返却時よりも少し足りないらしい。しかし車体を傾けるとメーターも傾くことに気がついた。レンタカーの返却場所は坂道で、なおかつ舗装された道路に歪みが存在していた。もし程よい位置に停めることができれば、ガソリンの不足を誤魔化せるかもしれない。
僕らはどの位置で停めるとうまく誤魔化せるのかを話し合った。結果的にはレンタカー屋の向かい側の道路脇に停めることにした。
無事に返却を済ませたので、僕らは別れた。
別れ際、たくやさんの母がインスタントの味噌汁と関西のお菓子「おにぎりせんべい」をくれた。「なんだか実家に帰った気分で、嬉しかったです」と言うと、たくやさんの母は嬉しそうにしていた。
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