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春眠

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「人生を季節に例えると、何から始まって何で終わると思う?」

教室でふとそんな話題が出たのは、放課後の掃除をしている時だった。
担任の長話のせいで、よそのクラスはとっくに掃除を終えて散会しており、うちのクラスがどんじり。教室にはHR教室の清掃当番の僕等5人のみ。
校庭からは既に野球部の準備運動の声が聞こえている。遅刻して行くとこっ酷く怒鳴るコーチの事を思い浮かべて、ずるずると教室に留まりたい気持ちが僕たちの間を支配していた。

「春で始まって春で終わる!」と陽気な奴がいち早く言った。
「最初と終わりが良ければ、後はどう巡ったって大体丸っと上手い事収まるもんよ。」
「確かにな!」とすかさず乗る奴がいて、
「えー、2回使うのかよー」と若干不満げな奴もいて、
結局皆、陽気の意見に賛同した。
「お前は?」と言い出しっぺに問われて、窓の外のベンチの陽当たり加減をはかっていた僕は一瞬ビクッと肩を跳ねさせた。
僕はどぎまぎと「ぼ、僕も最初も最後も春かな。」と言った。
「なんだ同じかよ。」と、僅かに呆れた感じを匂わせたが、すぐ興味が失せた様でまた別の話を始めた。

僕はそちらの話は上の空で、この前の古典で習ったばかりの漢文の言葉をぐるぐる脳裏に呟いていた。

春眠。春眠。
春眠暁を覚えず。
僕はきっと初春からずっと目覚めないだろう。
周りの奴等が次々目覚めては季節を巡って行くのに対して、僕はずっと目覚めず巡らず春に留まり続ける。
春の心地良い空気に包まれて、泥濘の中で眠る。
目覚めなくて良い眠りはどれ程心地良いだろう。

ふと、換気で開けた窓から乾いた土の匂いが頰を撫ぜた。

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