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タイムカプセル・クリスマス #4

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 むくれているかおりを横目に、スマホをいじって陽気なミュージカル音楽を掛け、日向ぼっこさせていたダンボール箱を取りに行った。ツリーの前まで引っぱってくる。

 おひさまの匂いとほんのり香るフローラル。

 ぬくみを取り戻した鼓笛隊のこびとたちをいくつか指に引っかけて、ひとつずつ、ニセもみの木につるしていく。

 かおりがちらちらと、私を窺っている。

「学校のそば通ってきたよ、さっき」

 言うと、かおりはぱっと表情を明るくして、

「橋谷(はしや)小学校?」

 と聞き返してきた。うん、と答えると、

「せんせーいた?」
「わかんない」
「ふうん」

 モールをぶら下げたまま、かおりがダンボール箱のそばにしゃがんだ。まんまる鈴、雪の結晶、プレゼントばこ……1個ずつ、いろいろ混ぜて指に引っかける。鼓笛隊のこびとたちをよけているのは、私が好きなことを知っているからだ。


 「せんせー」は、かおりの初恋の人だ。5年生から6年生のあいだ担任をしていた先生で、若くてハリガネみたいにひょろ長いシルエットの人だった、ように憶えている。
 私はあまり接点がなかったから顔も名前ももう思い出せないけれど、かおりいわく、「やさしくて、ちょっと天然っぽくてかわいいところがある人」らしい。

 毎年小学校の前を通るたび、せんせーいるかな、とかおりは言う。せんせーいるかな。でも、それだけだ。べつに期待をこめるでもなく、入ってみようとか聞いてみようとかもないから、たんに気になるだけなんだろう。

「ねえね、いーちゃん」

 かおりのつるしたまんまる鈴のおしりが、ラッパのこびとのさんかく帽子にぶつかった。私はこびとを上のほうへ移動させながら、なに、と聞く。

「彼氏できた?」

 思わず手を止め、かおりを見た。

 かおりは、アップテンポの曲に合わせて体を揺らしながら、いま自分でつるしたばかりのまんまる鈴を右に左にちょちょいと動かしては、首をかたむけている。

 勘づいた、というよりも何気なく聞いてみただけ、って感じだろうか。

「かおりこそどうなの?」

 あえて答えず、反対側にまわってニセもみの木越しに聞き返す。

「私?」

 かおりは声を張っただけで、くっついてくる気配はない。よかった。このコは時々するどい、というか、他人(ひと)の表情の変化に敏感なところがあるのだ。

「かおり、彼氏できたって言ってなかった? この前。夏休みのときだっけ」
「ああ、うん。別れた」
「え、もう?」

 びっくりして、思わず首をのばして向こう側を横からのぞく。
 かおりはこちらも見ずに、うん、とうなずいた。指に引っかけた雪の結晶をぷらぷらさせて、

「なんか違うなーって思って」
「また?」

 かおりが彼氏と別れる理由は、いつもこれだ。なんか違う。かわいそうに、そんなよくわからない理由で、付き合って半年と経たないうちに男のコたちはフラれていく。ちゃんと見極めてから付き合えばいいのに、って私なんかは思うんだけど。

 私の声にトゲを感じたのか、

「だって。だってね、すぐ怒るんだよ」

 かおりが急いで付け加えた。ニセもみの木の横からひょいと顔をのぞかせて。

「すぐ不機嫌になるし、物に当たるし。最初はそんなことなかったのに」
「……同い年だったっけ」

 うん、とまたうなずいて、かおりが頭をひっこめた。私もこびとたちの飾りつけに戻る。

「次は、ちゃんと好きになってから付き合いなよ。いい人そうだから、とかじゃなくて」

 つぶやくように、うん、とまたひとつ。それから、

「私」

 ぽつりと言う。

「もっとこう、ちーちゃんみたいにおっきくてね、やさしくてね、いーちゃんみたいにさっぱりしてて頼りがいのある人がいい。あと年上の人がいい。安心して甘えられる人、でもちょっと可愛げのある人」

 出るわ出るわかおりの理想像。
 何度も聞いてるからわかる。知ってる。最終的にいきつくのは、

「ちーちゃんといーちゃん、それからせんせーを足して3で割ったみたいな人がいいなあ」

 これだ。そんな人いないよ、って、お決まりに笑って返そうとしたら、

「それでね」

 遮るように、かおりが言う。

「それで、おかあさんみたいなおかあさんになって、おばあちゃんみたいなおばあちゃんになりたいの」

 私はまた、手を止めた。
 かおりがそこまで言うのは初めてだ。いつも理想の人で終わるのに。

 ニセもみの木のニセの枝が、向こう側だけで揺れている。

「……私が言うのもなんだけど、かおり、可愛いんだから。なれるよ、ちゃんとそういう人と付き合えば」

 ふふ、とかおりの笑い声。返ってきた「うん」は、静かなものではあったけれど、いつも通りの明るい「うん」だった。

「それで、いーちゃんは?」
「なにが?」
「彼氏」
「……いないよ」

 いない。彼氏は、いない。嘘ではなかった。
 嶋野さんとの関係は、そういうのとはちょっと違うから。



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