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退屈の話

退屈だ。

天気の良い日。教室。4時間目。

前を見ると、地理の先生が農耕文化やらの話をしていた。

退屈だ。


高校1年生の2月。入学して約1年が経つ頃、私はいい加減授業に退屈さを感じるようになっていた。
先生の話を聞き流し、板書もそこそこに窓の外を眺めて時間をやり過ごしている。

前回の席替えで1番窓際の席になったのは幸運だった。多少ぼーっとしていたり、本を隠れて読んだりしても怒られないし、何より窓の外の風景が見られるのが、暇つぶしに最適だった。


見慣れた校庭。遥かに見える鉄塔。未だ蕾のままの桜の枝から、空の青が透けて見える。
今日は青々とした快晴で、日差しが私の左側だけをじんわりとあたためている。
春が近づいている。


ヴヴヴ
机の中から、控えめな音がした。私は先生に隠れるように机の下でスマホを確認する。
先輩からだった。

『今日は天気がいいね、屋上の風が気持ちいいよー』

なんとなく間延びした言葉。文面から屋上で伸びをする先輩を想像する。

吹部で一緒〝だった〟先輩。だがしかし私と彼女が仲良くなったのは、先輩が部を辞めてからになる。
去年の夏、唐突に部を辞めた先輩。中学からやっていたらしいユーフォニアムは、中々の腕だったのに。

言い残した言葉は『私、やっぱ絵が好きだわ』。


部員全員のキョトンとした顔を横目に、先輩は部を去った。かといって美術部に入るわけでもなく、近頃は放課後、1人美術室の裏部屋で黙々とキャンバスに向かっているらしい。
高校2年の夏というタイミングで部活を辞めた彼女に、私は心底興味を抱いていた。そして以前たまたま昼休みに会った時に話しかけて、
今。

『行きませんよ』
それだけ打って送信する。
授業中ですよ、とは言わない。
言えない。

先輩は、美大に入りたいと言っていた。そのために部を辞めたんだ、と。
その時の彼女の清々しい表情は忘れられない。
彼女が今こうして授業中に連絡しているのもそうだ。わりかし成績の良い彼女は、近ごろ隙を見てはサボって屋上にいる。
「留年しなければいいんだよ、この時期になれば大体授業日数足りてるし。」
きっと今も、屋上の青々とした空の下で絵を描いているんだろう。

彼女のようになれたら。



窓の外は相変わらず雲ひとつない青空。でも、その間には確実に一枚のガラスがある。

机の中に隠した、文庫本の背をそっと撫でる。
彼女のようになれたら。

私も、先輩のようにすればいいのだろうか。
部を辞めて、授業をサボって、屋上で先輩と本を読んでいたらいいのかな。
それで私は何になれるんだろう。何の意味があるんだろう。

地理の授業は終わりへと近づいている。

これも何か意味があるんだろうか。

私は何がしたいのか。
夢を叶えるには何をすればいいのか。
本当に大切なものは何なのか。

わからない。
わからないから、今日もまた、窓辺で空を眺めている。意味もなく授業を聞き流している。



ふと、校庭でつむじ風が舞う。

小さな波が集まり、渦となって空へ溶けていった。


あぁ、つむじ風、私を連れていってくれたらいいのに。

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