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いつかの冬

冬が来た、と思った。

朝、ベッドからそろそろと出した足先がフローリングに触れた温度の冷たさから。
あるいは、玄関を開けた瞬間なだれ込む澄んだ空気と漏れた白い嘆息から。
あるいは、教室、ストーブの熱で滲む冷えた指先のむず痒さから。


「わかるー。私は朝練のときの体育館の空気で思ったかな。」
1人挟んだ先の友達の言葉に、あーそれもあったかと頷く。
空がすっかり闇という名前を冠した午後六時半。さっき食べたファミチキの温度はもうすでに凍てついた空気の中に溶けてしまっていた。

冬の夜。
夏にはぐるぐると澱んでいた空気の色は抜け落ちたかのように透明で、代わりに街灯や信号の原色が鮮明にアスファルトを照らしている。
何十個と繰り返す街灯と信号の光の列を3人で並んでぎちぎちと腕を組みながら進んでいた。

「冬休みになったら旅行いこうよ」「いいね」「スキー行きたい!」

「期末まで実はあと1ヶ月だって」「余裕」「1ヶ月はまだ先だよねぇ」

「山本理転するらしいよ」「ひえー」「大変だねぇ」

とりとめもないようなあるような話が信号のたびにころころ変わっていく。ぴりぴりと凍える頬をゆがめ、寒さに奥歯を噛み締めながら笑いあった。
その間も腕はお互いにからめ合ったまま、その先のブレザーのポケットへと続いていた。

会話を続けながらも、目線は3人ともまっすぐ前を向き、あと信号何個か先のそれぞれの家を見据えていた。
冷たい空気から逃げるように、大股でのしのしと3人の団子は進んでゆく。とうに剥き出しの状態に慣れたスカートから覗く足は、もはや寒さを感じることすら忘れてひたすら闇をせわしなく進んでゆく。会話は止まることなく続いた。

畑の横を通り過ぎると、冷えた水分を含んだ夜の風が吹き込んできた。きゃー、と笑うように悲鳴をあげながらくっつけ合った身体をより一層縮こませ、組んだ腕にいっそう力がこもる。冷たい風が吹くほど、となりの温もりをじんわりと我がものとして感じられた。


ふと見上げると、畑の上の空からは闇夜にくっきりと輪郭を映し出し、自信満々な姿の月がこちらを煌々と照らしている。


丸々と太った月が私に話しかける。

「脆いねぇ。僕はそんな一瞬、何万回も見てきたよ。」


私は目の奥に滲んだ温度に目を細め、月を睨みつけてからもう一度まっすぐ前を見据える。冷えた空気をぐっと噛み締めて。


「これでいいんだ。これでいいんだ。」と。


もう目線はそらさなかった。
次の次の曲がり角で固く繋いだその腕が離されることを、私はとっくに分かっていた。

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