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小説『犬も歩けば時代を超える』(18話目)

18話 犬千代、誕生日のプレゼントは?

私犬千代の現代での誕生日は、ブリーダーの家の絵美さんからお母様へ伝えられている。
毎年その日が近づくとお母様は、

「犬千代の誕生日プレゼントはどうしましょうか。リードとか小物を新調するとか、オヤツを豪華なものにするとか、ご馳走を用意するとか。」
などと悩んでいる。

「最近はさぁ、犬用のケーキとかあるらしいよ。ほら、砂糖とか使ってなくて、犬が食べても大丈夫なケーキになっているの。」
お母様の娘の留美が言う。

「お正月には犬用おせちまであるんだから、今の世の中誕生日は犬もケーキよ!」
と言われると、お母様もちょっとその気になる。
また、犬友からは、
「綺麗にシャンプーしてもらって、犬も入れるレストランで、家族で外食しているわよ。」
とか、
「犬友が集まって、誕生会を開いているわ。」
なんていう意見まである。

お母様は聞けば聞くほど迷っているようだ。そこで、私を我が家に連れてきた張本人のお母様の現代の長男に聞いてみた。

「あ?ゼットの誕生日プレゼント?そんなの決まっているじゃないか。」
長男には良い案があるのか。自信ありげである。

「ゼットが喜ぶプレゼント、それはリードを新調することでも、犬用ケーキでも、レストランや美容院でもないし、犬友と楽しく過ごすことでもないよ。」

ん?全部却下なのか?
私には全部魅力的に映るし、かといってどれが一番とも言えないのだが。
何しろ、リードなどは必需品なので新調してもあまり嬉しくはない。
もちろんお洒落な女の子チワワなら嬉しいかもしれないが。

犬用ケーキは食べてみたい。
が、いつものオヤツでも充分すぎるほど満足している。できればもうちょっとサイズを大きくしてくれると良い。

綺麗にシャンプーするのも、他のチワワはどうか分からないが、私は風呂嫌いだ。
以前風呂でボチャンしたので、全然嬉しくない。

犬も入れるレストランというのも魅力的だが、家族で行くとお母様は私ではなく家族とばかり話している。
それは寂しい。

犬友と集まってお祝いしてもらうのもいいのだが、普通にみんなとドックランで遊べればそれでいい。

「では、何がこの子の喜ぶことなのかしら?」
お母様は長男に聞いている。

「分からないの?お母さんと一緒にいることだよ。」
と長男は言う。

「お母さんを一日中独占して、ずっと一緒にいて、話しかけてもらうこと。これが一番嬉しいんじゃないかと思うんだ。犬用のケーキとか、特別のオヤツとかは付属品だね。」

「なるほど!プレゼントは、お母さんである私自身ってことね!」
お母様が言い出した。長男はウンウンと頷いている。

私も「そうか!」と目が覚めた。
物や食べ物やイベントにこだわっていたが、私が本当に特別して欲しいのは、私がこの世に転生できた日にお母様に一緒にいてもらうことだ。
何しろそもそもの目的がお母様に謝ることと、一緒にずっと過ごすことだった。

さて、私の誕生日当日。お母様が朝起きるなり私に言った。

「犬千代、お誕生日おめでとう!いつまでも長生きしてね!さて、今日は誕生日プレゼントにお母様とデートよ!」

お母様がニコニコしながら言う。
デート?お母様と?なんだか気恥ずかしい。
そういうのは好き合う男女がするものではないのか?

「一日中、お母様はあなたのものよ。あなたを一番に優先するからね。」
と、お母様は片目をパチッとつぶってウィンクした。
そして、私を車に乗せると早速公園まで出かけた。

「さぁ、天気も良いし貴重な小春日和にお散歩たくさんしましょう!」
お母様は張り切ってリードを持って歩き出した。
公園を何周かすると、また車に私を乗せて、

「さぁ、今度はお買い物よ。リードも服も新調して、美容院で綺麗にしたら、美味しいご飯とオヤツを買って家でまったりしましょう!」

着いた場所は、私が生まれて初めて来たホームセンターだった。
ここで大事に私を抱いていたお母様は、赤ちゃんを抱いていると間違えられて不快な思いをしたのだった。
今では懐かしい。で、そこの美容院に私を預けると、ガラス越しに手を振っている。

「お母様はここにいるからね!一人じゃないからね!」

いや、お母様、一人じゃないから美容院がいいってわけじゃないのです。
私は風呂嫌いなんですよぉ。
と叫んでも、お母様はニコニコして手を振っている。
やがて私が嫌いな風呂に入れられている最中にお母様は買い物をしていて、カットに入る頃には手に新しいリードや服や食べ物を抱えてニコニコして立っている。

「あら、ゼット君、お母さんがお土産いっぱい買って待っていてくれてよかったね。」
と、顔見知りのトリマーさんがおしゃべりしてくれるが、私にしてみると、昨日の長男殿の話をお母様は本当に分かっているのだろうか?と心配してしまう。

やがてお母様はトリマーのお姉さんから私を受け取ると料金を払って、またせっせと車に私を乗せた。

「綺麗になったね!服もリードもピカピカ。美味しいものも買ったし。さぁ、家でゆっくりしよう!」

私は少々グッタリだが、お母様は疲れないのだろうか?もっとゆったり今日一日を過ごしても良かったのに。
お母様は家の駐車場に車を止めると、私を抱いて家に入った。

「小腹空いた?このオヤツどう?美味しそうでしょ?」

お母様は素敵なパッケージのオヤツを出してくれた。
でも私はいつものミルク味の骨ガムをとりだしてきて、縁側に座布団を置いてくれとお母様にお願いした。

「それがいいの?」
お母様が柔らかい笑顔で言う。

「はい、お母様。ここで、私がこれを齧るのに付き合ってください。」
お母様が頷いた。

小春日和の中を、縁側の座布団で二人で座って、いつの間にかうたた寝してしまった。
私の肉球と、お母様の白い指がずっと繋がっていた。

「お母さん、帰っていたんだ・・・」

そこへ長男が帰宅してきた。
私は薄目を開けて見ていると、薄手の毛布を私とお母様にかけてくれて言った。

「幸せだね。ゼットとお母さん。」

本当にその通りだ。
この幸せが、いつまでも続くといいのに・・・・。

(19話へ続く)

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