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ごく個人的体験としての絵本紹介2  大地の広さを生きる:『トヤのひっこし』

トヤはモンゴルの草原で、家族とゲルで暮らしている。ある日、おとうさんが言う。「きょうは、ひっこしだ。みんな、にづくりを、てつだうんだぞ」どこへ? おにいちゃんが答える。「ここよりも もっと みずも くさも ある いいところだって」
その日からトヤのひっこしがはじまった。家をラクダの背に乗せ、牛と羊とやぎを連れ、馬にまたがり、草原を、狼の吠え声のする夜を、嵐を、岩ばかりの砂漠を越え、山を越えて、そして行き着く先には…。

『トヤのひっこし』
文: イチンノロブ・ガンバートル
絵: バーサンスレン・ボロルマー
訳: 津田 紀子

対象年齢などは絵本ナビさんのページをどうぞ:https://www.ehonnavi.net/ehon/106619/%E3%83%88%E3%83%A4%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%81%A3%E3%81%93%E3%81%97/

大学生の時、中国の内モンゴル自治区に行ってゲルに泊まったことがある。日中交流を目的とした学生用のツアーだ。馬の背に乗せてもらって草原を歩く。どんなに遠くを見ても、なにも視線を遮るものがなかった。
他の参加学生に知り合いはおらず、みんなブルーハーツの「青空」を合唱する感じ(ほんとにした)だったので移動中はいつも端っこのほうにいたが、草原に端っこはなかった。草原はゆるやかな起伏をつづけてどこまでも続き、やがて夕方の太陽が黄色っぽく世界を染めた。地平線に太陽が落ちるまで、やっぱり何もその光を遮るものはなかった。地球が太陽を隠す。そういう場所だった。
高地なので日が暮れると夏でもとても寒い。そして月が見たこともないほど明るく照っていた。月の周りには虹色の光の輪が見えた。
夕食後、観光ツアーのプログラムとして、現地の女の子たちが伝統の舞を見せてくれる。その後に、女の子の一人とお互いにぎこちない英語で一緒におしゃべりをした。舞のショーはバイトであること、学校にはお父さんのバイクに乗せてもらって通っていることなんかを聞いた。わたしたちはどうしてかすぐに仲良くなって、彼女は「家に帰るのがさみしい、あなたともう会えないのがさみしい」と言った。わたしたちはいつの間にか手を握り合っていた。彼女の手は月の光に白く輝いていた。わたしは彼女に、わたしもさみしいと伝えたかった。
「離れていても、同じ月の下にいるよ」
日本で見る月は、これほど美しく冴えることはない。そのことは言わなかった。
あの草原はとても広くて、さようならと背を向けて反対側に歩き出し、一時間後にふりむいても遠ざかる相手の背中が見えるという。


『トヤのひっこし』でトヤがしていることは、移動だ。ひっこしだから当たり前なのだけれど、トヤは家族と家畜と一緒にただ移動している。でもその移動が、ため息をつくほど豊かで魅力的だ。
絵本の横長の見開きページをめくるごとに、トヤたちを取り巻く自然の風景は変化する。青々とした草原、雨風の渦巻く嵐、生きるものに厳しい赤い砂漠の大地、険しくゴツゴツとした山…。
どの場面でも、モンゴルの人々に飼われている家畜や、野生動物たちが、それぞれにそれぞれの生の営みを紡いでいる様子があちこちに配されている。時にトヤたちはそんな動物たちと同じ大きさで描かれ、同じく大地に生きるものの一つになる。どのページも絵巻物のような自由さと細密さで、いつまで眺めても飽きない。
トヤたちの様子は、日本に育つ子どもたちとはだいぶ違う。家畜とともに生き、解体できる家とともに移動し、子どものトヤも当然のように羊の群れを率いる。
けれどトヤの長い移動をページと共に体験したわたしたちは、トヤたちがとうとう目的地を目にして、ひつじとやぎが走りだし、牛と馬が駆けだし、トヤや家族の乗った馬も豊な緑の大地に走り込むそのとき、心はいっしょに走っている。
草原に浮かぶような青い湖に、トヤとかぞくとらくだとうしとうまとひつじとやぎとバサル(犬)がよろこんで向かうとき、わたしたちもまたうれしくなる。
トヤのひっこしを、一冊の絵本の中で、わたしたちもしたのだ。


わたしが、いま4歳のぱんださんと、それから1歳のよんださんにずっと伝えたいと願っているのは、「世界はいろいろで、あなたの周りにある形だけじゃない」ということだ。絵本もそのために選ぶことが多くて、『トヤのひっこし』はまさにその目的だった。とういか教文館ナルニア国で表紙に一目惚れをしたのだけれど。
ほんとうはいろんな場所に連れて行けるのが一番なのだけれど、時世的にほんのちょっとの遠出もままならないのが現状だ。だから本の中だけでも、広い世界を見て、さまざまな暮らしをしている人を知ってほしい。
ぱんださんんは他の絵本や地図でモンゴルの大地やゲルが出てくると、
「トヤのところだ」
という。
きみの心に、トヤという友だちができてわたしは嬉しい。

(ところでひっこしの道中で子やぎがうまれてトヤの弟といっしょにラクダの荷になっていたりするのが絵だけで描かれているので、この本を手に取った人はぜひ探してほしい)




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