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ごく個人的体験としての絵本紹介3  ごめんごめん、ってきみに謝りたいよ:『よるくま』

ママ、あのね……
と、ベッドで寝かしつけられる「ぼく」がママに話し始めるところから『よるくま』は始まる。「ぼく」はまだちっとも眠そうではない。
あのね きのうのよるね、うんとよなかに かわいいこが きたんだよ。
トントンて ドアを ノックして
「あらそう。ママしらなかった。どんなこが きたのかな?
おとこのこ かしら おんなのこ かな」

ううん、くまのこ。

『よるくま』

ISBN:9784033312309
作・絵:酒井 駒子

対象年齢等は絵本ナビさんをご参考に→

https://www.ehonnavi.net/sp/sp_ehon00.asp?no=700&spf=1


夜、布団の中で両側の子どもたちが寝静まったことを確認して、こっそり寝室を抜け出す。
今夜どうしても進めたい書きものがあるのだ。
隣の仕事部屋でPCを起動して、コーヒーを用意して、だんだん仕事に集中してくる。これならあと二時間くらいで終わりそうだ。
そんな時に、寝室からわあぁん、と泣き声が上がる。少しの間耳を澄ます。
寝ぼけて起きてまた自然に寝付くこともあるが、まあ滅多にない。泣き声が続くようなら、諦めてPCを閉じて寝室に向かう。
醒めた明るさの仕事部屋からもどると、暗闇の寝室は家族の体温や湿気が立ちこめている。
泣き止まない子どもを抱きしめて、もう一度布団に戻す。子どもの頬には涙の跡がある。
起きたら隣りに母親がいない、それはこの子どもにとって、どんな暗闇なんだろう。
隣りにいて声を掛けて抱きしめるだけで、やすやすと子どもは眠りに戻る。自分が、人間の形をした安心や安寧になった気持ちになる。
ごめんごめん、って謝ってしまいたいな、と思う。
ごめん ごめん、おかあさん おしごとしてたの、って。
よるくまのおかあさんみたいに。

『よるくま』には母親が二人(?)でてくる。
語り手の「ぼく」のママと、小さなよるくまの大きなお母さんだ。
ベッドで寝かしつけられながら、「ぼく」はママに話し始める。ママ、あのね…。
夜、目が覚めたらいなかったよるくまのお母さんを、ぼくとよるくまは探しにでかける。
誰もいない公園、誰もいないお店の前、一人と一匹出歩く、寝静まった街の電線の上。
青の闇と黄色の光のページ、オレンジのページがリズミカルに現れる絵には、夜の特別な気配がする。線のどれもが丸みを帯びた、可愛らしくて優しい絵だ。
街を探しても、よるくまの家を探しても、それでもお母さんは見つからない。
泣き出したよるくまの涙は真っ黒、まっくら。
世界がまっくらに塗りつぶされる、そのとき、かがやくお星さまが助けにあらわれる。
おかあさんだ!

こどもを膝に乗せて読み聞かせているとき、ここまで読んでどれだけほっとするか分からない。
「おかあさん、おかあさん、どこいってたの?」
ちいさなよるくまが、おおきなおかあさんに泣きながら飛びつくとき、こんなにはっきりと責められることが嬉しい。謝ることができるから。
ごめんごめん。おかあさん おさかなつって おしごとしてたの。
よるくまを慰めるおかあさんの台詞を読みながら、慰撫されてゆくのはわたしの心だ。
おかあさんはよるくまに語りかける。
おさかながたくさんつれたこと、明日の朝一緒にたべること、残りのおさかなを売ったお金であなたに自転車を買ってあげたいこと、あなたがとてもあたたかいこと、一緒におでかけする楽しい明日の予定。
やさしい、やさしいおかあさんの語りは、よるくまのことがとても可愛くて大切だ、と伝えてくる。
声に出して読みながら、わたしは泣きたくなる。
わたしもこうなんだよ、と子どもに告白したくなる。
いつも自分の都合で怒ったり、心の余裕がなくてあなたの失敗にいらいらしたり、夜、お布団を抜け出してあなたを泣かせたりするけれど。
あなたにいつもこうやって語りかけたいと、願っていることはほんとうなんだよ。
謝ってしまうことは、あなたに許せと迫ることだから言わないけれど。
せめて、このご本を読んでいる間、わたしの声はよるくまのおかあさんになれていますように。
愛していることが伝わりますように。
あなたがよるくまと同じに、すべて守られて安らかな気持ちになれますように。


一時期ぱんださんが『よるくま』を気に入って読み過ぎたせいで、しばらくお声がかからなかったのだが、昨晩、一歳半のよんださんに初めて読んであげた。
まだ言葉も全部は分からず、よるくまが訪ねてくる玄関の場面で「くちゅ(靴)、くちゅ」と喜ぶような年ごろのよんださんだが、最後まで通して読むのを聞いていた。
そして読み終わると、指を一本立てて「いっか(もう一回読んで)」とリクエストするのを三回繰り返した。
しょっちゅう夜いなくなる母で苦労を掛けるね、という気持ちである。







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