熱が出た。

「熱が出た」

と言うと、
僕の母はきまって、大きくため息をつき、こう言う。

「私達にうつさないでね。」



子供の頃から同じ反応だった。

僕は体が強い方ではなく、毎年必ず寝込む。
39度を超える熱を年に一度は出す。

その度に母は呆れた顔をしていた。

子供の頃、僕はアニメや映画の中にいる風邪をひいた主人公につきっきりで看病する母を羨ましがっていた。
だからなのかもしれない。
小さい頃から「自分の子供と配偶者を人生の限り愛しぬこう」と決めていた。

もうひとつ、心に決めていることがある。
「大病にかかったら命を自ら絶つ」と言うことだ。

僕なんかが、僕のような存在が、病院のベッドなど埋めていられない。



体調を崩す度に、ギンギンと喚く頭痛の渦の中で思い出す。
心底呆れ果て、完全に部外者として、迷惑な荷物として僕を見る母親のことを。




昨日から36.9の微熱が続いている。

母は
「(もしコロナだったら)私達まで身動き取れなくなるんだからね」
と言った。


僕は引っ越しをする予定がコロナの影響で一旦実家に帰ることになった。
荷物はほとんど運び終えたので、僕の下宿先はもう退去日を待つだけの空部屋だった。


僕はため息をつく母を横目に、静かに、まるで前からそう決まったかのように当たり前に、何もないマンションの一室で自主隔離を開始した。




それは、呪い。
学校の先生や友達の言葉、どんなに素晴らしい映画でも小説でも拭えない焼印。


呪いは祈る。
僕が心の底から笑う日が来ませんようにと。

呪いは語りかける。
幸せな瞬間に近づけば近づくほど、俺のことを思いだせと。

呪いは笑う。
お前の人生もう俺のもんだ、と。



地獄のような頭痛や、身体を締め付ける腹痛に効く薬はあっても、僕を救う薬などない。
僕を巣食う呪いがあるだけだ。


心の中に影があると、とても自然な、明るい、最高の笑顔を作れるようになる。

今日も笑おう。

紙の上でしか本音が出せない、悲しい僕の愉快な人生を讃えるように。


どうも。 サッと読んでクスッと笑えるようなブログを目指して書いています。