車窓の屋敷

六話目

10年以上前の話。
私はバス通勤をしていた。
会社がある中心街から住宅街に行く途中にある、おそらく昔は城下町であったであろう古い街なみ。
そこに焼杉板の黒い板塀で囲まれた、古い家がある。塀の長さからかなりの敷地面積である。
普通にしていると板塀の高さのため、屋敷の中を見ることはできない。
ただバスの種類と座る座席の位置によって板塀の中が見えることがある。
その日はたまたまそういうバスに乗った。
気づくと何が原因か分からないがその通りは渋滞し、しばらくその屋敷の横にバスが留まることとなった。

何気なく見る板塀の向こう側の風景。
草が茂り、荒れた庭。その向こう側に縁側のようなものがある。
雨戸が外れており、縁側に面した和室がちょうど見える。とは言え破れた障子戸などもあり、部屋の全てが見渡せる訳ではない。
ただ人が長らく住んでいない荒れ屋敷であることは分かる。
畳はまだ形を残している。とは言え、腐っているのかもしれない。だいぶ汚れている。
ちゃぶ台のようなものや茶箪笥のような家具はない。部屋の奥は襖だと思われるが、なんか薄汚れていて、一部が外れていて奥の板の廊下?が見える。
廃墟だ。
こんな中心街に近い土地に、こんな大きな敷地と荒れた大きな屋敷。
もったいない。
かつてはこの家にも人が住んでいたんだろうな。
そう思いながら、屋敷の間取りを空想する。

ひとつ気になるものがある。
屋敷の隅、ちょうど破れ障子戸に隠れて見えるか見えないかの位置。
ずた袋?茶色い、麻?のような繊維でできた大きな袋。中に何かが詰まっていっぱいになった袋が、横倒しになって置いてある。
ゴミでも入れてるのだろうか。
よく見ようとバスの窓に顔をつけてジッと凝視してみた。
ふいにゾクリと寒気がした。鳥肌が立つ。
何かに睨まれているような感覚。
バスの車内に視線を移すが、こちらを見ている者なんて誰もいない。
気のせいか。再び視線を屋敷側、袋に移す。
あ、
草でボウボウの庭に人がいた。
普通の格好、白い襟付きの半袖シャツに、茶系の色をしたスラックスを履いた、白髪頭で頭髪がうすい、典型的なおじいさん。
あちら側を向いてるから顔は分からない。

え?人が住んでるのか?
最初に思ったのはその疑問だった。それくらいその老人はハッキリ見えたのである。
いったいどこから現れたのか。
板塀側に入口はないが、もしかしたら建物の裏側に出入りできる入口があってもおかしくない(むしろあるはず)。なんなら庭木が茂っていて奥までは分からないが、あちら側に別棟の家があってもおかしくはないくらい敷地はある。
おじいさんに注視しているとバスが動き出した。
最後までおじいさんは動かず同じ場所に立っていた。

その後も屋敷の中をバスから見る機会はあったが、人を見たのは後にも先にもその時だけであった。
ずた袋も無くなっていた。

それから数年後、その屋敷は解体された。周辺の家も空き家だったのか、まとめて建物が取り壊され、大きな広い空き地となった。
今は、イオンのスーパーが建っている。

実は仕事の関係で土地の境界確認のため、空き地の状態のときに例の敷地に入ったことがある。
その時は建物の基礎の痕跡もなく、雑草が生い茂っており、かつての屋敷の名残りのようなものは見られなかった。
ただ、ちょうど道路から見てあの屋敷の奥に当たる位置に小さな、何かを祀っていたと思われる社があった。
鳥居のようなものはなく、大きさ的にも地域の神社のようなものには見えなかった。
空き地の中に、ポツンと社だけが残されている姿は、少し不気味だった。

広大な土地を持つおそらく昔からの屋敷。
一等地のはずなのにそれが長らく廃墟として放置されるほど、落ちぶれた家。
そこにあった祀られることがなくなった社。

オチなどない。
答えもない。
ただあの家が落ちぶれた原因はどうもあの社に関係がある気がしてならない。


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