けむり


四話目

件の実家に移り住む前の話。
私が住む街で、ある強盗事件が起きた。
とある消費者金融会社に、強盗が押し入り、ガソリンを巻いて、従業員を死傷させたという事件である。

私がその事件を知ったのは夜のニュースだった。年齢的に消費者金融なんて関わりのない場所ではあるが、それでも事件現場は前を通ったことがあるくらいの、住んでいる場所から差程遠い場所ではなかった。とても生々しく感じたのを覚えている。
まだ若く愚かな私は、たいして事件の詳細も知らないまま、犠牲者を想う気持ちも薄く、街金への強盗事件という話だけで、大人しく金を渡せば従業員も亡くならずに済んだのに、などと浅はかなことをテレビに向かって愚痴っていた。

すると、その瞬間、突然ぷうんと、何かが焼け焦げるような煙の匂いを感じた。

私は慌てて台所を見た。その時、私は家にひとりでいて、台所を使っておらず火の気などなかった。暖房(冬ではないがまだ寒い時期であった)は電気ストーブで、こちらも特に火は使わない。一応、周囲も調べてみたが何かが焦げた様子はなかった。
集合住宅であったため、別の部屋かもしれないとベランダに出て上や下の部屋部屋を見回したり、玄関から出て共用スペースを見て回ったりしたが、火災報知器が鳴ることも、他の部屋の住人が出てくることもなかった。
なによりも煙なんてどこにも見当たらなかったのである。

部屋に戻ると、先程よりも弱まった微かな煙の匂いが残っていたがそれもすぐ消えた。

それだけの話である。
だが後でこんなことを想像してちょっとだけ怖くなった。
犠牲者もこの街に住んで暮らしていたのである。
彼ら、彼女らは退社の時間になれば帰宅するのであろう。
その日も帰宅し、その帰路にたまたま私のマンションがあった、いや、このマンションのどこかの部屋が帰宅先であったとしたら…

いずれにせよ今となっては確認しょうもないことである。


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