不正受給

五話目

こんな話を聞いた。
その男は、福祉事務所で勤めていたという。彼はそこで生活保護に関わる仕事をしていた。
ある日、事務所の窓口で騒ぎがあった。
とある受給者(仮にAとする)が〇〇を出せ!責任者を出せ!と騒いでいるのである。
騒ぎの経緯を簡単に説明すると、先日、Aのもとに生活保護を停止するとの手紙が届いた。Aには同居人がいるにも関わらず役所に虚偽の申告をしており、不正受給の疑いがあるからだと言う。
しかし、Aは同居人など絶対にいない、と主張しており、担当のケースワーカー(仮にBとする)が自分を気に入らないから嘘をでっちあげているんだ、と言う。
そこで、上司はBに状況を聞くために話を聞いた。
Bの話はこうである。
Aは年齢的に就労可能なため、自立に向けて就労指導をしており、Bとしても毎週家庭訪問をしたり、専門支援のために事務所に来て面談を行うよう積極的に連絡をとっていた。
しかしBは職業安定所に行って仕事を探したと言いながら、面接も何も受けずにただダメだったという適当な報告ばかりする。
そればかりか家を訪問しても日中はほとんど部屋におらず、電話をしてもつながらない、という有様である。
ところで、なぜAには同居人がいると判断したのか聞くと、Bが言うには、Aは女性を部屋に隠して住ませているのだという。
ある日のこと、Aのアパートを訪問した。古い二階建て木造アパートの1階。玄関のチャイムを鳴らすがAは出てこない。
Bは居留守でもしてるのではないかと、裏側、洗濯物を干すための小さい庭のようなスペースに周り、庭に面した大きな窓から部屋の中の様子を覗いた。
だらしなく中途半端に閉められた薄い生地のカーテンの隙間から、暗い部屋の様子がなんとなく伺える。
「Aさん」
呼びかけてみるが反応はない。
もう一度呼びかけようと窓に近づいて部屋の奥を目を凝らして見てみた。散らかった部屋の中には誰もいない。だが何か違和感を覚えた。
人の気配を感じる。誰かが部屋の中からこちらを見ているような視線。
「Aさん、ケースワーカーのBです。いたら出てください」
そう言いながら部屋の様子を探る。
すると部屋と玄関をつなぐ廊下にあるドア、そこにはめられた磨りガラスの奥で黒い影が動いたような気がした。
慌てて玄関側に周り、チャイムを鳴らす。
すると玄関横の、ちょうど台所にあたる場所の窓ガラス(こちらも磨りガラス)に、誰かが玄関側の様子を探るかのように、人らしきぼんやりした姿が映った。
Aではなく、髪の長い女?だった。
何回かチャイムを鳴らしていると、隣人が出てきた。何事か、と聞かれたので、福祉事務所とも言えず、Aさんに用があるので訪ねたのだが、誰かいるようだが出てこない、とだけ答えた。
隣人は、Aはいつも10時には出かける。自転車がないから出かけているはずだ、という。
警察でもないので、それ以上どうすることもできず、Bはあきらめてその場を去るしかなかった。

別の日の話。BはAに連絡を取るために電話をしていた。朝の9時頃。たいていは出ない。Bも出るとは思っていないが、業務日誌に連絡をした、と記録するために電話するのだと言う。
Bのルールとして10コール鳴るのを待って電話を切る。だがその日はボーッとしていたのかコール数をカウントし忘れていた。なのでいつもより長くコールしていたという。
切ろうとした瞬間、電話に出た。
「〇〇福祉事務所のBです。Aさんのお電話でしたでしょうか」
「…はい」
女の声だった。あの女だ。
「Aさんに変わってもらえますか」
「…いません」
か細い、少し低い声で、ボソボソと話す。
「失礼ですが、そちら様はAさんの身内の方ですか」
「…ふふふっ」
ガチャ
電話を切られた。Bによると間違いなく、電話口の女は笑ったという。カチンときた。バカにされている、とBは思った。
そこでBは、申告されていない同居人がいる疑いがあり、場合によっては不正受給となる可能性があるので、速やかに事務所に来所して説明するように。期限までに来ない場合は生活保護を停止する、という手紙を送ったらしい。

結論から言うと、後日、上司を交えてBとAの三者でAの部屋を確認し、生活必需品や部屋の散らかり具合等から、同居人はいないものと判断し、Bによる勘違いということで、話は収まったとのこと。
そしてBは4月に別の部署に異動となった。

なお、彼のために言うと、グレーなところではあるが、この話はあくまで昔の話であり、また登場する人物や場所について個人情報につながる具体的な名前は一切話してもらえなかった。
一般論として、生活保護を受けてる人の中には、隠れてギャンブルしたり、車を乗り回したり、働きもせず女遊びをしてる奴がいる、そういう話のひとつとして聞いた。

でも、僕はこの話を聞いてこう思った。
はたしてAは部屋に女を隠して住まわせていたのだろうか。Aが言っていることが本当だとしたら。

Aの部屋には、Aの知らない女がいる。


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