赤い部屋

七話目

若い頃、バー通いにはまっていたときに、たまたまカウンター席で一緒になった人から聞いた話。

「赤い部屋」という都市伝説を知っているだろうか。調べてみたがこの話には二つの系列がある。
ひとつは、インターネットにまつわるもので、消すと死んでしまうというポップアップ広告があるという噂で、ある者がその「あなたは赤い部屋が好きですか?」と書かれたポップアップ広告を開くと、そこには今までにそのサイトを開き、死んだとされる人達の名前が書かれており、その男もその中に名前が書かれることになる、という話。

もうひとつは、アパートに住む男が、隣の部屋に若い女が住んでいるのを知り、あるとき、部屋の壁に小さな穴を見つける。男は好奇心からその穴を覗くのだが、隣の部屋は真っ赤でそれ以外何も見えない。あるとき、大家から、彼の部屋の隣に住む女は、目の病気で目が真っ赤に充血していることを知る。実は、男が隣の部屋を覗いている時、隣の部屋の女も男の部屋を覗いていた、という話である。

私は、後者の話を何かで読んだことがあった。
あるとき、バーのカウンターで飲んでいると、バーテンダー(女の子)が今住んでる部屋に霊が出る、という話をし、そこから店にいるみんなで実際に経験した怖い体験を披露するといった展開になった。
フードを担当している男性スタッフが、そこで友人が実際に経験した話として、赤い部屋の話をした。

いや、その話知ってるし、作ったでしょ。
いや、本当なんですって。
そんなやり取りをしながら盛り上がっていた。
するとカウンターの端でひとりで飲んでいた30代後半から40代くらいの男性がこんな話をはじめた。

赤い部屋の話ってそんなに有名なのか。
俺は本当に赤い部屋を見たことがある。と。

男性は近くに店を構えていて、夜働く女性を相手にした、いわゆるメンズパブという店の店長であった。
彼は若い頃、開業の元手を稼ぐため、関東圏でバーテンダーのような水商売から工事現場で働くような肉体労働などいろんな仕事をしていたという。
そうした仕事の中に、何でも屋のような仕事もしていたという。何でも屋と言っても、やってることはゴミ屋敷の片付けとか、孤独死や夜逃げした部屋の家財処分とか、そんな類の仕事である。(特殊清掃ではないらしい)

あるときこんな仕事があった。
家賃を滞納した挙句、行方不明となった中年の女がいた。保証人である親に連絡するが、とうに縁を切っているので知らないと言う。とりあえず滞納してる家賃だけは回収したが、部屋の片付けは遠くにいるから対応できないと言う。金は払うからそちらでやってくれ、という話となり、彼の会社に依頼があった。
孤独死でもなく、また女性の部屋であるということで、そこまでひどい現場ではないだろう、と正直楽な仕事だと考えていたという。依頼主に詳細を聞いた際も、ゴミ屋敷ではない、との話であった。ただ「大変なんだよ」そうため息をついていた。
作業の日。部屋を開けて彼は絶句した。
思わずこんな文句がこぼれた。
「その女、大丈夫なのか…」

部屋の中が、真っ赤だった。
壁紙、カーペット、カーテン、家具、何もかもが赤色なのだ。
全てが同じ色、濃さという訳ではないが、全部赤いのである。
そりゃ赤が好きで、身の回りを好きな色で囲もうとする人もいてもおかしくはない。
だがその部屋には狂気を感じた。
天井も赤。
窓枠も赤に塗られている。
浴室もトイレも、塗装が困難なバスタブや便器以外は赤に塗られているか、赤いものが置かれ、元の色ができるだけ見えないようになっている。
その空間にいるだけで、彼は気が狂いそうな思いだったという。
管理人が落胆するかのようにつぶやいた。
これ、全部直さなきゃいけないんだよ。ゴミ屋敷にされたのと変わらないよ、もう。

話を終え、彼はドリンクを飲み干し、会計を頼んだ。そしてこんなことを最後に話した。

その女、そんな部屋中を真っ赤にして、何を隠したかったんだろうな。

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