飛んでくる

三話目

最初に言うがこれは夢か現か分からない話。
件の私の実家の部屋(自室)で起きたことだ。
私はセミダブルのベッドを大きな窓のすぐ横に置いて寝ている。窓は洗濯物を干すための小さなベランダに接している。

ある暑い日の夜。2階なので窓は網戸にして開けたまま寝ていた。
私の実家は閑静な新興住宅街にある。そのため、(当時は)夜は虫の声が聞こえるほど静かである。しかも深夜(1時は過ぎていたと思う)。

普段なら耳が痛くなるくらいの静けさだったりするのに、なぜか窓の外が騒がしい。
誰かが遠くで叫んでいるような声がかすかに聞こえる。

あああぁぁぁぁ

男の声にしては細く、女の声にしては低い、怒鳴り声でもなく、悲鳴でもない、ただ「ああ」とどこかで大きな声を出しているような音。

閑静とは言え、公園もあれば学生などの若者も住んでいる。たまには酒を飲んだり、或いは夜中に家を抜け出して、たわいもない遊びに興じる者もいるだろう。
最初はそう考えながら、ただうるさいな、早く寝てくれ、それしか思っていなかった。

あああぁぁぁぁ

音がだんだん大きくなってきている。いや、音が近づいてきている?

ふと違和感を覚える。
私の部屋は2階。誰かが外で大声出しながら歩いているなら、音は下から近づいてくるはず。しかも私の部屋は、道路から擁壁で5m以上高い位置にある。
音の位置がおかしい?
そう感じた瞬間である。頭の中にある映像が浮かぶ。
遠くの方から空に浮かんだ女、髪の長い、白い薄い生地のヒラヒラとした服を着た女が、あああと叫びながら、私の部屋の方向を目指して飛んでくる。
咄嗟に窓を開けたままだと部屋に入ってくる。そう考えた。
起き上がろうとすると身体が動かない。金縛りだ。必死に動こうとするとともに、声を出そうとする。
その間も音は近づいてくる。
ほんの数十メートル先まで、姿が見える距離まで来たような気がする。
起き上がれまでしないが脚が動いた。急いで脚を窓に当てがい、そのまま窓を閉める。
瞬間、バーンと大きな音がする。何かが窓に当たったような音と振動。
ハッと目が覚める。すぐさま動いて室内の照明をつける。
窓は閉まっていた。そしてカーテンがカーテンレールごと落ちている。窓自体には異変はない。何かが貼り付いたという痕跡もない。

冷静になって考える。
窓を閉めたのは自分だ。カーテンレールは窓を脚で閉めた際に、脚がカーテンに引っかかって落ちたのだろう。
窓に何かがぶつかった音は、自分の脚が窓に勢いよく当たったときの音だろう。

では、さっきの声は?
夢か?
そうだ。夢を見て、寝ぼけて暴れて、このザマなんだろう。全て現実の出来事で説明がつく。
あの女の痕跡なんて何もない。

夢か…
現実と全く同じシチュエーションの夢。
そして夢と同じ現実の行動。
私にはどこからが夢でどこからが現実かが分からなかった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?