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岬には小さな燈籠があり燈火を絶やさなかった

岬には小さな燈籠があり燈火を絶やさなかった

その灯をたよりにたらい船を漕ぐ女が
毎夜、むかいの島から渡ってきた
愛する男に会うためだ

磯の反対の砂浜には男がすわり続けていた
海の風が雨となる森林から木を伐りだし舟を作り
その初の船出を待っていたからだ

時化で船がだせない場合を除き
女は櫓を漕ぎ波を切り岬を目指した

海を見つめる男は、同じ場所でいつも頭を振り
浜にコロを並べることも、舳先の紐を曳くこともなかった

空も波も一度として同じ表情を見せることはなかったが
陽は決まった角度で徐々に北におちまた南におちた

女のたらいにはフジツボがびっしりとついていた
男の丸木舟は昼顔のつるでおおわれていた

あるうねりの強いいつもとにおいのちがう夜だった

奥の波が白波の盾となった
その奥の波は三角の巨大な壁となった

男が望んでいた千年に一度の三角波だ
男は丸木舟を曳き聳える波の白い頂を目指した

汀には荒波をかぶり流されたたらい船が激しく上下に揺れ
潮を飲んだ女が岬へ連れていくよう男に頼み気を失った

男は女を丸木舟に乗せ三角波にむかった

浅海に入った巨大波は岬を削り
砂浜の砂すべてを持ち去った

荒磯となった海岸にはひときわ大きな岩が現れた

たらいの上に丸太舟がかかるような形から
浜の人びとは船盥岩と呼びました

それが、あそこにあったんですね
ええ、昨年の大波で崩れてしまいましたが

女と男はどうなりましたか

帆をあげて凪いだ海を西に向かったという者もあれば
この湾ににすみついてイルカになったという者もあります
岬の社の宮司と巫女がそうだというは眉唾でしょう

海をみていると時々、涙があふれてくる 潮風のせいかな
ほう きみの船はどこにある どこへむかうのだ

一番星が輝いたらおしえてあげるよ
あら、逃げたわね

私は船も海図も羅針盤も、それから勇気ももっているわよ
目的地はどこ 帆は上げたかい 風は吹いたかい

一番星が輝いたらおしえてあげます
二人は見合って笑った

まずは、宿に帰ろう
お二人さん、ほら一番星が出ましたよ

【AN0BDB0】

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