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新疆に関する国連バチェレ報告 ~反中組織資料の焼き直しというお粗末~

 国連人権高等弁務官であるバチェレ氏が退任間際に、新疆の人権状況をまとめた報告書を発表した[1]。その内容は同自治区で「深刻な人権侵害」が発生しているとするものだが、それ以上の情報はメディアから聞こえて来ないので、独自にこの報告書の検証を行った。

【目次】

  1. バチェレ報告とは

  2. 結論

  3. 問題点
    1) 引用資料
    2) 証言者

  4. 各論点について
    1) 強制収容所
    2) 産児制限
    3) 強制労働

  5. まとめ

1.バチェレ報告とは

 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は8月31日、テロ対策や過激派対策の名目で中国政府による「深刻な人権侵害が行われてきた」とする報告書を発表した。相変わらずメディアはその結論だけ切り出して『中国・新疆で「深刻な人権侵害」』というタイトルで埋め尽くされているが、彼らはコピペをしているだけなので、自分で事実を確認する必要が有る。
 個人的にはバチェレ氏の新疆訪問をめぐっては一悶着が有っただけに、現地調査の結果がどの様に反映されるか関心が有ったが、結果としてはこれまでの国連の報告と変わらない結論であり、なぜその様な結論に至ったのかという点を中心にこの報告書の解読を行った。

2.結論

 本報告書の結論は以下の通りである。

  • 新疆では、政府によるテロ対策および「過激主義」対策戦略の適用に関連して、重大な人権侵害が行われている。

  • 新疆のテロ対策法制度は適用範囲が曖昧な為に、VETC等の施設での自由の剥奪が実際に行われている

  • 強制的な治療や不利な条件の拘留含む、拷問または虐待のパターンの主張は信頼できる

  • 家族計画と避妊政策の強制的で差別的な施行による生殖に関する権利の重大な侵害の兆候がある

  • 労働と雇用のスキームには、宗教的および⺠族的理由による強制と差別の要素が含まれる兆候がある

3.問題点

 結論は結論として、重要なのはその結論に至った根拠と判断のロジックである。しかし、この報告書は根拠と判断双方に問題が有りそうである。以下に説明する。

1) 引用資料の信憑性に問題有り

人権侵害が有るとの主張の引用資料
 この報告書は冒頭で多くのメディア、シンクタンクが新疆の人権侵害を主張しているという記述が有り、その資料・記事リストの参照先が『M. Fiskesjö によって編集された「Bibliography of Select News Reports & Academic Works」を参照してください』となっている。特にリンクは無いが検索をすると出てくるのはUyghur Human Rights Projectという団体のHPである[2]。この団体は代表が元世界ウイグル会議の元副会長で、NEDから資金を受けている団体であり、Wikiをみるとポンぺオとの関連も窺わせる。この様な団体の提供する資料は十分に精査すべきであるが、問題点としてはその様な形跡が無い事である。

 また、代表的な資料としては以下である。
・ウイグル法廷 [3]
・新疆公安ファイル [4]
・新疆文書 [5]
・Karakax List [6]
・Uyghurs for sale [7]
・新疆データプロジェクト [8]
 前の4件は主にAdrian Zenz、後の2件はASPIによるものであるが、これらの資料に信憑性が無い事は別のnoteで書いた通りである[9][10]。加えて、資料リストは1900ページに上るが、多く取り上げられているのはやはりAdrian Zenzであり(fig.1)、氏の資料の特徴としてデータの恣意的使用や、強引な結論付けなど問題が多い学者である。またハッキングによって得られた情報を用いることも特徴であるが、その真正性を慎重に検討した形跡が無い事も問題であると考える。
 例えば、「Karakax List」に拘束者の情報が載っており、国連はそれを正しいものとして扱っているようだが、中国政府はその個人を特定し普通の生活を送ってたと公表している[11]。ならば、国連はその個人のアリバイを確認して、どちらが正しいのか確認出来る筈なのに、その様な行為は行わずハッキング資料を信用するなどとても考えられない。

fig.1 参照資料中のZenz論文の割合
(右側のバーが1900ページのリストの中でZenz論文の有る位置)

判断の根拠となる資料が不明
 個別の項目で後述するが、資料に関するもう一つの問題としては、判断の根拠となる資料が不明な事である。例えば、産児制限が強制性を伴うことの根拠と思われる部分は「入手可能な情報は(略)制強的措置が伴う可能性が高いことを示唆しています」となっており、これでは国連が何の事実を持ってどう判断したかが全く分からない。即ち、報告書の体をなしていないという事。

2) 証言者

 ツイッターでは証言を鵜呑みにして酷い人権侵害が行われていると言っている人もいるが、この証言はどれほど信憑性が有るのだろうか。本報告書においては拘留経験者の証言が度々出てくるが、この証言者の真正性が全く確認出来ない。本文に有る記述は以下である。

  • 標準的な慣行と方法論に従って、XUAR の状況を直接直接知っている40人の個人と詳細なインタビューを実施した

  • ・対象は24 人の女性と16 人の男性; 23人のウイグル人、16人のカザフ人、1人のキルギス人

  • インタビュー対象者のうち 26 人は、2016 年以降、拘留されているか、XUAR のさまざまな施設で働いていたと述べている

  • OHCHR は、これらの人物の信頼性と信頼性、伝達された情報の真実性、および得られた情報との一貫性を評価しました

  • 基本的に他ではインタビューを受けていない人物を選定

 この情報では40人の証言者をどう見つけ出したのか、何をもって実際に拘留されていたと判断したのかさっぱり分からない。これで証言を信じろと言われても無理が有る。
 また、バチェレ氏の訪中時には「中国側が指定した人としか話すことができず」という事なのだが[12]、これが上記の40名なのかどうかも不明である。何れにしろ、この報告書にバチェレ氏訪中の意味は無かったように見える。

4.各論点

1) 強制収容所
 報告書に記載されている、強制収容所に多数の人が拘留されているという根拠は以下である。

  • 法の拡大解釈による大量拘留の懸念

  • インタビューに答えた個人の証言

  • 「Karakax List」に記載された拘留理由

  • ASPI等による衛星写真の収容所と思われる建物の増加

 法の解釈に関してはテロ防止という性質を考えればやむを得ない所であり、問題は実際に強制収容が行われているかどうかである。
 その根拠の一つが「Karakax List」に書かれた拘留者の勾留理由で、例えばWhatsApp等のアプリをダウンロードした等と書かれているという事であるが、このリストに関しては上述の通り、中国は既に反論を行っているのだから、それを否定する正当な理由が無ければいけない筈である。
 また、施設に親戚や友人が拘留されているという一個人の証言をわざわざ乗せるくらい根拠が不足しているようだが、その他に拘留の規模が100万人単位という記述もある。しかし、これも既に別noteで根拠が薄弱なことは解明済みである[13][14]。

2) 産児制限
 産児制限に関しては、西日本新聞の坂本記者[15]と違い2017年に産児制限が厳しくなった事と、出生率が下がった原因が都市化という中国政府の主張を記載している。しかし、この後の文脈は以下である。
・産児制限は対テロリズムの枠組みの下で懲罰的な反応を引き起こす
・証言者の女性は強制的なIUDの装着、強制不妊手術が有ったと述べた
・入手可能な情報は、2017 年以降の家族計画政策の厳格な施行に強制的措置が伴う可能性が高いことを示唆している
 この部分のロジックはAdrian Zenzの報告書と似ているが、この報告書も中国の学者により否定されている[16]。また、証言と「入手可能な情報」の真正性が確認出来ない以上、産児制限については何も言っていないのと同じである。

3) 強制労働
 この強制労働についても驚くほど中身が無い。記載内容は以下の通りである。

  • 反「過激主義」の枠組みとの間の密接な関係は、そのような就業支援プログラムが完全に自発的であると見なされる範囲に関して懸念を引き起こす

  • ILO 122号条約[16]に関し、多くの強制措置の兆候を示している

  • OHCHRは人権の観点からILOの懸念を共有する

  •  ILOの文章も中国は強制労働が無いというけれど、「民族および宗教の脱過激化を目的とした職業訓練政策と組み合わせており、少なくとも部分的には厳重な警備と厳重な監視の環境で実施されており」と強制労働を指摘するけれど、根拠の記載は無く、また表現は懸念や示唆というレベルである。従って、強制労働に関しても有効な指摘は無いと考えて良い。

4.まとめ

 ここまで見て来たように、今回の新疆に関する国連報告に目新しい話は無い。しかも、米国の資金援助を受けた団体等の報告書の焼き直しとなっている。元々根拠が薄弱な資料を基にして報告書を作った所で、結局は検証不能なものにしかならない。しかし、報告書を出せば当然ながら判断の根拠を求められる。バチェレ氏はそれに耐えられない事が分かっていたから任期を延長しなかったというのは穿った見方だろうか。

 最後に、改めてこの報告書の問題点を列挙しておく。

  • 反中組織の資料に偏っている

  • 資料の真正性の検証が不十分

  • 証言者の信頼性の情報が無い

  • 可能性、兆候と断言していない

  • メディアが「深刻な人権侵害が行われてきた」と切り取り報道を行う

[1]. OHCHR Assessment of human rights concerns in the Xinjiang Uyghur Autonomous Region, People’s Republic of China: 31 August 2022 ; UN
https://www.ohchr.org/en/documents/country-reports/ohchr-assessment-human-rights-concerns-xinjiang-uyghur-autonomous-region
[2]. Bibliography : August 22, 2022 : Uyghur Human Rights Project
https://uhrp.org/bibliography/
[3]. ウイグル法廷
https://uyghurtribunal.com/
[4]. Xinjiang Police Files : Victims of Communism Memorial Foundation. ​
https://www.xinjiangpolicefiles.org/
[5]. Xinjiang Papers :27TH NOVEMBER 2021:Uyghur Tribunal
https://uyghurtribunal.com/statements/
[6]. The Karakax List: Dissecting the Anatomy of Beijing’s Internment Drive in Xinjiang:February 2020:Adrian Zenz
https://www.jpolrisk.com/karakax/
[7]. Uyghurs for sale : ASPI : 2020年3月1日
https://www.aspi.org.au/report/uyghurs-sale
[8]. Xinjiang Data Project : ASPI
https://xjdp.aspi.org.au/
[9]. 「ウイグル法廷」~誰も殺さないジェノサイドとは?~ : 2022年8月18日 : Yota8
https://note.com/yota811/n/n6b1d78516935
[10]. 新彊ウイグルの強制労働問題の根拠とされる資料を調べてみたら・・: 2021年8月1日 : Yota8
https://note.com/yota811/n/nd7493ce80712 
[11]. ‘East Turkistan’ forces make up ‘Karakax list’ : 2020/2/23 : Global Times
https://www.globaltimes.cn/content/1180434.shtml
[12]. 国連弁務官のウイグル視察に失望の声 : 2022年5月29日 : 東京新聞
https://www.tokyo-np.co.jp/article/180314
[13]. ウイグル人権侵害に関する資料集  〜日本人の知らない事実〜 : 2021年5月1日 : Yota8
https://note.com/yota811/n/n40853e1d5090
[14]. 新彊ウイグル問題の一連の資料を整理する : 2021年12月31日 : Yota8
https://note.com/yota811/n/n45cab4b1f72a
[15]. ウイグル族の集住地域の出生率、5年で2―9割減 : 2021/12/2 : 西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/840492/
[16]. 新疆ウイグルの人口・強制避妊問題に関するゼンツ氏の論文の検証 : 2021年6月19日 : Yota8
https://note.com/yota811/n/n27bec688af92


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