流星セレナーデ(第28話)お茶室会談
クレイエールでは大阪支社に本社機能をある程度移し、シノブ専務と佐竹本部長が代行として経営の実質的な指揮を執られています。そのために社長も、副社長も、ミサキもエランの宇宙船対策に専念できる体制になっています。まあ、うちうちではそういう体制にしていますが、表向きには多忙の中に無理やり時間を作っているようにしているのが社長や、副社長の食えないところです。
『コ~ン』
ここは鹿威しが響く茶室です。と言ってもクレイエール本社ビル三十階の仮眠室の一角で、いつのまにか小川が流れる日本庭園まで出来ています。小さいですが池もあり錦鯉も泳いでいます。ここまでやるかと思いますが、許可してしまったものは仕方ありません。
ユッキー社長は和服で亭主を務められています。ミサキは学生時代に茶道部の友だちに一通り作法を習った程度ですが、案外なのはコトリ副社長。正客の位置なのですがお菓子が運ばれ、亭主の社長から、
「お菓子をどうぞ」
そう勧められるとミサキに、
「お先に」
そう仰られてから懐紙を取り出して来ました。しまった、忘れてた、どうしようと思ってたら、
「どうぞ」
当たり前のように差し出されました。ユッキー社長のお点前も見事ですが、コトリ副社長の作法も水際立ったものがあります。お茶を頂いた後に、
「コトリ副社長が茶道にも詳しいなんて意外でした」
「ミサキちゃん、コトリはね、お嬢様やってた時期があるのよ」
「ユッキー、その話は・・・」
そんなミサキの横で苦しんでるのがフィルことアラ。まあ、正座は辛いと思います。
「アラ、足を崩して下さいませ」
アラはホッとした表情で胡坐をかきました。お茶を飲んだ時の表情も見もので、
「これは拷問か?」
「お口に合いませんでしたか」
そう、部屋にいるのは三女神とアラルガル。どういう意図かはミサキも聞いていません。聞いたのは、
「アラの件はわたしたちに任せてもらってるの。だから、日本文化でも味わってもらおうかと思って」
頭の中は『???』でしたが、お茶室に四人がいる次第です。
「アラの処分が決まったわ」
「エランの連中に会ったんだな」
「わたしたちに任せるってことになったの」
「どういう意味だ」
「そのままよ」
ユッキー社長はニコニコと微笑みながら、
「アラもそうだったけど、エランの代表の方々も相当ね。アラも死にたくなかったら、そろそろ話してくれてもイイと思うけど」
「すべて話した」
「わたしたちもこういう会話は慣れてるの。こういうのはテクノロジーじゃなくて経験だからね」
『コ~ン』
「なにを聞きたい」
「十万人がすべてじゃないでしょ」
アラは少し迷っているようでしたが、
「そうだ」
「どれぐらい続いたの」
「千年戦争とエランでは記録されている」
「けっこう長かったのね」
『コ~ン』
「あれは禁断の技術だった。意識分離により人としての能力が飛躍的に向上するのは嬉しい副産物だったが・・・」
「それ以上に覇権欲が強くなり、猜疑心も強くなる」
「あなたも経験者だったな」
『コ~ン』
「絶え間ない戦乱を終わらせるには強権しかなかった。どうして地球はそうならなかった」
「さあ、結果がすべてでイイんじゃない」
「あなたも相当だな。まあイイ」
「強権を以てしても根絶は難しかったみたいね」
「だから千年だ」
『コ~ン』
「資源不足になったわけね」
「そういうことだ。なにしろ使う兵器が強力だからな。鉱山は戦略目標になり多くは使用不能になり、さらに破壊からの復旧のために膨大な資源が必要だった」
「星が違っても男のやることは同じね」
『コ~ン』
「言い訳に聞こえるかもしれないが、あの戦乱を終わらせるには強権と独裁は必要悪だった」
「そして多くの技術を封じ込めた」
「そうだ、封じ込めるのを維持するにも独裁と強権は必要だった。あなたにはわからないかもしれないが」
「わかるわよ。それで九千年近い平和をもたらしたのなら成功じゃない」
「ふははは、そう見る人間を初めて見た気がする」
『コ~ン』
「でもあなたも神だった」
「そういうことだ。私とて例外でなかった。それは思い知らされることになった」
「例外? 気づいただけでもマシかもしれない」
「厳しいな。でも正しい。覇権欲が満たされると、あれほどの享楽欲が出るとは驚きだった。どうしようもなかった」
「まさに滅びの技術ね」
「そうなる。意識分離技術が発明された時からエランは滅びの道を驀進していった」
「でもかなり食い止めてたんじゃない」
「そうとも評価できるが、独裁と強権は強い反発を内包する。さらにそれを助長する享楽欲は制御不能だ。あれとて問題を先延ばしにしていただけだった」
『コ~ン』
「人類滅亡兵器はあなたが使ったの」
「そう言ってたか。言うだろうな。誰も自分が使用者と認めたくないだろうし。しかし私じゃない、さらに最後の戦乱の時でもない。あれが使われたのはもう少し前だ」
「どんな兵器なの」
「あれこそ滅びの兵器だ。もともとは除虫剤として開発されたものだった」
「地球にも似たようなものはある。メスの発生抑制と生殖能力を低下させるものか」
「その研究が進み過ぎ人類への適用も可能になってしまった。さすがの私も恐怖して研究をやめさせたが・・・」
「封じ切れなかった」
『コ~ン』
「九千年の平和としたが、五月雨式には反乱は起っていた。ある狂信的な団体の反乱を鎮圧した時に、この兵器を開発した痕跡を認めたのだ。徹底的に調査した結果に驚いた。既に使われていた」
「それが最後の大反乱の引き金か」
「そうなる」
『コ~ン』
ミサキはユッキー社長とアラの会話を息詰る思いで聞いています。エランでは本当は何が起こっていたのか、地球に来た宇宙船団の真の目的とは何か。ユッキー社長やコトリ社長はどこまで情報をつかんでいるのか、アラはどこまで真実を話しているのか。これはどう聞いても神同士のキツネとタヌキの化かし合い会話です。
それでも一つわかったことは、ユッキー社長は最初からアラを引き渡す気がなかったことです。おそらくアラも疑っていたのでしょうが、エラン代表も同じぐらい疑っていたと。なにか漠然たる不安が心の中にモクモクと沸き立つのだけはわかります。
『コ~ン』
お茶室でのユッキー社長とアラの話は続いています。
「だから三世代か」
「そういうことだ。昆虫に較べると人の寿命ははるかに長い。だから人類滅亡兵器は使われてもすぐには気づかれない。それで直接人が死ぬことはないからな」
「エラン代表は除染が可能としていたが」
「無理だ。無理だから人類滅亡兵器だ。とくに三世代も経てしまえば手遅れも良いところだ」
『コ~ン』
「だから宇宙旅行技術の復活を急いだのか」
「そういうことだ。あの秘密研究所での話は半分ぐらい本当だ。それぐらい技術は古び、衰えていた」
「意識分離を行っても体が必要だぞ」
「だから地球だ」
「そうなるか・・・」
「適合性の調査だったのか」
「他にないだろう。文明の度合い、言語、習慣、食生活・・・移住するのだから知りたいことは山ほどあるはずだ」
「そんなにシリコンが必要なのか」
「欲しがっていたのか。だったら次だな」
『コ~ン』
「エランには乏しいのか」
「これは地球との相違だが、シリコンはエランでは希少資源だ」
「地球に来たらエランの二の舞か」
「確実にそうなる。それはあなたも経験しているはずだ」
「そうか・・・アラ、あなたへの処分は決まったわ」
「殺すのか」
「いいえ社史編纂室勤務のまま」
アラの顔が歪みます。
「あそこのままか・・・」
「その代り、部屋の中では自由になるわよ」
「それはありがたい。一日中、同じページを見続けるのは辛いものだ」
うわぁ、アラをそこまで縛り上げてたんだ。アラも辛かったろうな。
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