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流星セレナーデ(第34話)セレナーデ

 アラの葬儀が終わりしばらくしてから、

『カランカラン』

 いつものバーに誘われました。

「コトリ副社長、アラはエラン人にとって英雄だったのですか」

 コトリ副社長はスコッチの入ったロック・グラスをゆっくりと弄ぶように、

「英雄だよ。千年の戦乱を鎮め、エランに九千年の平和をもたらした大英雄よ」
「でも今のエラン人の評価は・・・」
「アラの政治は完璧ではなかったし、欠点もたくさんあったわ。今のエラン人に見えてるのはアラの欠点部分だけよ。だから今の評価は極悪人」
「どうしてそんなに変わってしまったのですか?」
「それが政治。でもまた変わるよ」
「変わるのですか?」
「変わるわ。アラが守ろうとしていたもの、それが守られなくなって自分たちの身に降り注げば、誰だって気づくわよ」
「それほど見えないものなのですか」
「見えないよ。あるものを防ぐことによって、守られているのに人は一番鈍感なの。そんなものはすぐに当然になって、他の目に見えるものに不満を募らせるのよ。それが政治なの」

 コトリ社長が言いたいことがわかった気がします。人は目に見える危機を防いだ行為には惜しみなく賛辞を贈りますが、惨事を未然に防いでいる地道な行為には下手すりゃ『無駄遣い』の非難を浴びせられます。

「コトリ副社長も・・・」
「いっぱいあったよ。だからコトリもユッキーも政治はコリゴリなの。そんな世界で一万年も頑張り、孤立無援になって母星を追い出されても母星のことを思うアラは間違いなく英雄だし、男の中の漢だよ。コトリぐらいわかってあげなきゃ、可哀想すぎるでしょ」

 だからコトリ副社長はアラのことを、

「進み過ぎたテクノロジーは滅びの技術にいつか到達するのかもしれない。少なくともエランは到達してしまったと言えるわ」
「人類滅亡兵器ですか」
「人類を滅亡させる程度の兵器なら地球にもあるわ。意識分離こそが究極の滅びの技術よ」
「覇権欲と猜疑心ですか」
「それは直接の原因だけど、真の恐ろしさは少し違う。人は神になれる方法を知ると、その欲望を抑え込むことが出来なくなるのよ」
「そうなんですか」
「ミサキちゃんもそうだったでしょ」

 これはまた古い話を。でも確かにそうだった。入社当時にコトリ部長やシノブ部長の超人的な仕事振りの秘密が天使であることを知り、天使になれる方法を探し求めたものね。

「滅びの技術は一度生まれると、これを滅ぼすことは出来なくなるのよ。これへの唯一の対処法はアラが取った方法。自らが神として他の神々を絶滅させ、独裁と強権で無理やり滅びの技術を封じ込めること」
「でもアラは・・・」
「そうよ、滅びの技術の真の恐怖はその手法さえ滅ぼす力があるの。独裁と強権は必ず反発を産む宿命にあるのよ。それを九千年も抑え続けたアラは偉大よ。アラも神だから猜疑心とのいつ果てる事のない葛藤だったと思ってる」
「独裁者なら猜疑心はそんなに邪魔にならないのでは?」
「ミサキちゃん、安定した政治を続けるのに重要なのは寛容よ。たとえ独裁者であっても同じ。アラは神の猜疑心を必死で自制しながら寛容を行ったのよ」
「寛容ですか?」
「そうよ。寛容が信頼を産み安定につながるのだけど、寛容はそんな甘いものじゃないの。人を信頼すると言うのは裏切りも起るってこと」

 そういえば、アラも最初の頃は神さえ信頼して部下にした時期があった話もあったんだ。本当に神を部下にしていたかどうかは疑問としても、神に匹敵する有能な人物を広く用いた時期はあったとしても良いと思う。

「信頼を裏切られるのは痛いことよ。神じゃなくとも猜疑心が助長されるのよ。ましてやアラは神よ。想像を絶する猜疑心が襲いかかったとしても良いと思う」
「だから意識改造機」
「あれもね、かなり末期になって使われたで良さそう。アラが言ってた享楽欲もあれも猜疑心の反映で良いと思う。膨れ上がる猜疑心を紛らわすために享楽に逃げ込まざるを得なくなったってこと。酒の生産技術を復活させてまで酔いに走ったのもね」

 そういえばエラン代表も酒のことを『酒とは、伝記に書いてある発酵食品か』と表現してたものね。コトリ部長はグラスをクッと飲み干すと、

「アラはね、恋愛さえ出来なかった。したことはあったみたいだけど、強まる猜疑心は相手を許すことができなかった。アラが最初になんて名乗ったか覚えてる?」
「えっと、『バカ』でしたけど」
「あれは日本語のバカのことよ。アラは猜疑心との葛藤に負けかけていたのは確かだけど、それでも変えようと努力を続けてた。滅びへの流れを変えることができなかった自分をバカと呼んだのよ」

 なにか茫然としているミサキがいます。意識分離技術が産み出す神は地上の戦乱を巻き起こすだけでなく、そんな神の果てしなき生産も止め様がなくなってしまうのです。人類の滅亡は単に神が産み出される事による副産物程度になります。

「アラがやっていたのは坂道を転げ落ちる巨大な鉄球を全力で支えていたことになる。アラがいなければ一万年前にエランの鉄球は破滅まで転がっていた。今のエランに転がり出した鉄球を止める者は誰もいない。再びアラの如く鋼鉄の意志を持つ神が現れない限り」

 コトリ副社長はスコッチのお代わりをオーダーし、

「コトリはそんなアラの女になれて誇りに思ってる。あれだけの男は二度と会えないかもしれない。たとえエラン人全員がアラを憎んでいてもコトリはアラを愛する」
「そこまで・・・」
「アラはね、神じゃなく普通の人としてエレギオンに生まれていたら、間違いなく女神の男になっていた。そうセカのようにね。もっともセカはユッキーに取られちゃったけど、アラはコトリのものよ」

 ミサキにはセカが誰かはわかりませんが、エレギオンでも第一の男だったぐらいに思っています。そこまで偉大な男と肩を並べたのがアラになります。

「最後にミサキちゃんに一緒に来てもらったのは、アラを女神の男として送ってあげたかったから」
「どういうことですか?」
「女神の男は、男の中の漢。女神の男を送る時に女神は決して人前では涙を見せないの。コトリ一人じゃ耐えきれそうになかったから、ミサキちゃんに一緒にいてもらったの」
「そんなぁ」

 コトリ副社長はスコッチのお代わりを手に、何かを歌い始めました。どこか切なく、どこか哀愁を帯びたメロディーです。

『夜空にひときわ輝くあの星はあなた、
私はこっちの小さな星、
二つの星はあんなに離れてる
あなたの星の周りには美しい星があんなに
私の星の周りは真っ暗、
でも、暗いのはあなたが流れて来るのを待つため、
いつになったら流れて来るの、
どうしたら流れ来るの、
今日も夜空を眺めてる
セレナーデを歌いながら』

「その歌は?」
「今の言葉に訳したら、流星のセレナーデかな。エレギオンでは流星は恋の象徴で、その心が恋人に走っていくとされてたの。だから流星が見えるたびに一つの恋が成就したとか、自分の想いがかなったはずだとか見ていたの」

 随分前にエレギオンでは流れ星に違った意味があるってコトリ副社長は話していたっけ、

「じゃあ、恋愛成就の歌ですか?」
「ちょっと違う。流星のセレナーデは、どうして自分のところに流星が流れて来ないか、どうしたら流れて来てくれるのかを歌ったもの」
「なんか悲しいですね」
「そう悲しくて切ない歌。アラはエランでずっとそうだった。でも流れ星としてたどり着いた地球でコトリの、いや女神の男になったの」
「コトリ副社長ではなく、女神の男ですか」
「そう、次座の女神の男が示すべきものは至高の勇気。アラは神の猜疑心と戦うことでそれを示した。コトリはアラを一万年分のセレナーデで送ってあげる」

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