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麻吹アングルへの挑戦(第27話)二人のプロ

 浦崎教授に尾崎美里の扱いについて相談を、

「学生ボランティアって訳にもいかないな」
「学生は学生ですが、考えようによっては超一流のプロですし、収入だって」

 オフィス加納への依頼料を調べてみたのですが目眩がしました。バイトでも浦崎教授どころか山川学長でも鼻息で吹き飛ばすはずです。求めてるのはプロの写真の点で、そこに尾崎美里が引っ掛かっていたのが気になって、気になって。

「悪いが払えんぞ」
「でもこれは研究に絶対必要です」

 やっと尾崎美里から連絡があって、

「助かったなボランティアにしてくれて寸志も不要とはな」

 とにかく研究室にはカネがありませんから、寸志を出すにしてもどこから集めるかで困っていましたから。

「せめて礼儀を尽くすべきだと思います」
「学生相手に尽くすは大袈裟だとしても呼びつけるのは良くないな」

 足代ぐらいは出した方が良いとはなりましたが、

「教授、タクシー代ぐらいで如何でしょう」

 教授は苦い顔をして、

「それもない。だからボクがクルマを出す」
「それって、あのクルマですか」
「言うな、ちゃんと乗れる」

 浦崎教授はクルマを持ってはいますが、これがイギリス車。学生の時から欲しかったそうで、中古ですがやっと手に入れたそうです。教授にとって自慢のクルマなのは良いとして、とにかくトラブルが多いのは有名と言うか、AI研の名物みたいなものです。とくに電装系が弱くて、

「前みたいにメーターが動かなくなるとか」
「メーターが動かなくともクルマは走る」
「ライトが突然消えるとか」
「今回は昼間だ心配ない」
「ワイパーが突然動き出すとか」
「雨の日に止まるよりマシだ」
「ドア・ロックが解除できなくなるとか」
「その時はあきらめろ」

 ドア・ロックが解除できなくなった時はボクも乗っていまして、パワーウィンドウも動かなくなり、さらにエンコしてエアコンもストップ。JAFが来るまでに熱中症になりそうでした。

 約束の日にボクと教授で出迎えに本部に向かいました。涼も行きたがったのですが、こんな恐ろしいものに乗せたくなかったので研究室で待っていてもらいました。今日だってエンジンが無事かかった瞬間にホッとしたぐらいです。本部までトラブルもなくたどり着き、駐車場から降りる時に、

「教授はここで待っておられた方が」
「心配するなエンジンはかかるはずだ。ここのところ好調だからな」

 これも何度か前科があり、教授のクルマで昼食に出かけ、帰ろうと思ったらエンジンがかからずまたもやJAF待ちになっています。教授の根拠の無い自信に怯えながら写真サークルへ。

「急な来客がありまして、尾崎代表は面談中です。すぐに呼ばせて頂きます」

 しばらくすると尾崎美里と同じぐらいの年頃の若い女性。涼が一緒じゃなくて良かったと思いました。そう涼の天敵の美人です。それも、そんじょそこらの美人じゃなく、尾崎美里を妖精とすれば、もう一人はまさしく天女。涼がいたらツネられるだろうな。

「お待たせしました。今日はわざわざお迎えに来て頂き恐縮です」

 こっちこそ、教授のクルマに乗せるのは大恐縮です。そこでもう一人の若い女性が、

「アカネも行きたい」

 こう言い出したのです。研究室に連れて行ったりしたら涼のツネりが炸裂します。ところが教授の顔を見るとデレデレ。

「尾崎さんさえ良ければ我々はかまいません」

 ああ、言うと思った。これでボクへの刑は執行確定。もっとも尾崎美里が来るだけで確定していると言えばそれまでです。なんとからならないかな。駐車場に案内してまず第一関門のドアが開き、最大の難関であるエンジンがかかってホッとしました。

「ここが狸ヶ原キャンパスですか。初めて来ましたが、とても狸など出るところではありませんね」

 まったく本部の連中はいつまで狐狸の巣窟と思い込んでることやら。研究室まで案内しましたが、興味深そうに二人の女はキョロキョロ見ていました。本部は文系学部しかありませんから、理系学部は物珍しいのはわかります。

 研究室には涼が撮影のためのセッティングをしています。あれこれ考えたのですが、後で分析しやすい人工光の静物写真を撮ってもらう事にしています。フォトテクノロジー研に着き、

「えっと、これを撮れば良いのですか」
「はい」
「動かしたり、照明の追加はなしで、この条件でですね」
「はい」

 これも尾崎美里の了解をもらって撮影風景をビデオに収めさせて頂きます。その時に、

「アカネもやりたい」

 えっと思いましたが教授は、

「どうぞどうぞ」

 やっぱり。まあ、一人撮るのも、二人撮るのも手間も時間も変わりないと言えばそれまでです。

「このカメラ?」

 カメラもどうするかは議論もあったのですが、これまでのデータとの比較の意味でこれまで研究に使っていたものと同じにしています。ここで尾崎美里が、

「休んでて腕が鈍ってないですか」
「なかなか言うね。だったら五枚勝負にしよう」

 ジャンケンで勝った尾崎美里が先攻のようです。どうするのかと思って固唾を飲んで見ていたら実に無造作にパチパチと、

「なるほど。そう来たか。マドカさんの動きと似てるね」

 このアカネさんになると、さらに無造作にパチパチと。二人はディスプレイでお互いの写真を見ながら、

「行きますよ。まずはラブラブ・ミサトです」
「へへんだ、ラブリー・アカネを見よ」
「でしたら初恋の甘酸っぱさ。これは出来ないでしょう」
「こっちは母の慈愛だ」
「大好きアキラでどうだ」
「なにを、優しいタケシだ」
「ハッピー・デートで勝負」
「明るい家庭で切り返し」
「夏の煌めき」
「トドメのライトニング・ショット」

 そこで二人は顔を見合わせて、

「さすがですね。まだまだミサトは及びません」
「それでも腕上げたよ。アカネも、うかうか出来ないもの」
「またお世辞ばっかり」
「写真でウソを吐かないよ」

 帰りも送ると言ったのですが、ここで心配なのは教授のクルマ。あれをもう一度使うのは賭けみたいなものです。

「帰り道に買い物もしたいので」

 電車を使いたいと言われてホッとしました。狸ヶ原キャンパスの周りも歩きながら見たいと言うことで、

「篠田君、送って行ってくれないか」

 ボクが駅まで送り届けることになりました。キャンパスから駅までは少々入り組んでいるところがあるので、初めてだと迷うかもしれません。下手に道に迷われると狸伝説がまた増えます。ただ、この二人を送り届けることで涼のジェラシーに火をつける、いや火に油を注ぐのは決定です。

 研究室に戻ると涼の様子が変わっています。あれはここのところ見なかった山姥です。浦崎教授の顔もひきつっています。

「・・・教授、アカネと呼ばれた女は他に考えられません」
「だが四十五歳だぞ」

 なんの話かと思えば、

「見ろ、我々でもわかる。これは加納アングルだ!」
「そんなバカな」

 ボクもあれだけ見ていたらわかるところがあります。尾崎美里の写真はもちろんですが、あのアカネと呼ばれた女もまさしく加納アングルのはず。それだけではありません。ボクの目から見ても、

「篠田君、チェックしてくれ。どうもアカネさんの方が一枚上手に見える」

 審査AIにかけると、やはりそうです。

「尾崎君以上の写真を撮れるプロなのですか」
「アカネから思い浮かぶプロはただ一人。あの渋茶のアカネだ」

 渋茶のアカネこと泉茜。ふざけたニックネームとは裏腹に、その評価は麻吹つばさと肩を並べられる事さえある世界の巨匠です。

「しかし産休と育休を繰り返されてお休み中のはずです」
「時間があるから遊びに来たのだろう。それと休んでいるので腕が鈍っていると尾崎君に言われたと見れば辻褄も合う」

 それにしてもあの若さ。尾崎美里と並んでも同年代にしか見えません。四十五歳ですよ。そうなると泉茜もまた不老であり、涼の言う通り不老と加納アングルは何らかの関連性があるのかもしれません。

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