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流星セレナーデ(第36話)ミサキの決心

 神戸空港での二回目の宇宙船騒ぎから七年が過ぎました。あの時のエラン人も次々と亡くなってしまいました。どうも感染症管理が極度に進んでいたエラン人に、地球の病原菌は厳し過ぎたのではないかとされています。

 エラン人からの聞き取り調査は難航しましたが、最終的にユッキー社長が協力しています。ユッキー社長は適当な作り話で終わらせていますが、ミサキたちには真相を教えてくれました。

「エランではあっという間に神々の抗争の時代に突入したようよ。革命政府と言っても反アラで辛うじて諸勢力が結束していた状態だったみたいで、そんなところに神が大量に湧いたらそうなるよね」
「また来るのですか」
「もう来れないだろうね。反アラ戦での被害も回復しないうちに神々の抗争でしょう。最後に生き残った一隻で地球に来たぐらいで良さそうよ。もう百年単位で同じものは作れないんじゃない。ひょっとしたら永久に無理かもしれない」

 さてミサキもクレイエールに入社してから四十年になります。普通のアパレル・メーカーに就職したつもりでしたが、今やクレイエールは世界でも三本の指に数えられるほどの巨大な企業グループに成長しています。いえ既にクレイエールですらありません。エレギオン・ホールディングスになっています。

 ユッキー社長が就任時から準備が進められ、宇宙船団騒ぎの翌年にホールディングス(HD)化しています。これも彗星騒ぎ、宇宙線団騒ぎに便乗しまくってグループが巨大化しすぎたため何度も計画の修正が行われ、単にクレイエールをHDにしただけでは追いつかず、クレイエールHDなどの子HDの上にエレギオンHDが乗っかる形態になっています。

 エレギオンHD設立に伴い四女神はエレギオンHDに移りミサキは取締役常務、エレギオン・グループのナンバー・フォーという途轍もない地位にいます。出世はしたいと思っていましたが、ここまでになるとは思いもしませんでした。

 でも確実に歳月は過ぎ去っています。見た目は二十代半ば過ぎから変わっていませんが、実年齢は還暦さえ過ぎて今年で六十二歳になります。サラも三十五歳、ケイも三十四歳。二人とも結婚して、時々孫を連れて遊びに来てくれます。つまりはミサキもおばあちゃんになっちゃってます。

 ミサキの周りから人が去っていきます。入社頃からお世話になった歴女の会の山村さんや鈴木さんも定年退職されました。そうそうシノブ専務は六十七歳になられても頑として制服姿を変えませんし、未だに良く似合ってらっしゃいます。ただエレギオンHDには制服がなく、さらにクレイエールの制服のデザインも変更になっているのですが、

「私は前のがお気に入り」

 クレイエールの旧制服を愛用されています。そのために制服と見た目のギャップでまたまた珍騒動が起るのもエレギオンHDの風物詩になっています。

 綾瀬会長もめっきりお歳を取られて、本社に顔を出すたびに会長退任を口にされ、そのたびに慰留していたのですが、入院されたと聞いてお見舞いに行きました。あれこれ話があったのですが、

「私の決断は間違ってなかった。クレイエールは三千年王国の道を歩んでくれている。あははは、クレイエールなんて既に子会社の一つだものな」

 この言葉が最後になりました。そうそう佐竹本部長はクレイエールHDの社長に就任され、

「シノブには結局追いつけなかったね」

 こう笑われていました。綾瀬会長だけではなく、河原崎元社長、高野相談役も相前後して亡くなられ、ユッキー社長時代の前の時代を支えた人々がいなくなって行きました。コトリ副社長は小島知江時代から良く知っておられる方々ですし、シノブ専務もまたそうですから、葬儀のたびに涙されていました。

 なんだかんだと関わりがあり、とくにデイオルタス騒動の時には命を懸けてミサキたちの救出に協力してくれた山本先生は三年前に大きな病気にかかられ、これを機にクリニックを閉じられています。

 それと同時に加納さんも会社を畳まれ現役引退をされました。病気の方は手術が成功し山本先生も回復、去年にシノブ専務と一緒に病気回復と喜寿の祝いを兼ねて龍すし支店でささやかですがお祝いをさせて頂いています。山本先生は、

「シオはホンマに歳取らへんわ。言っとくけど同級生で同い年やのに、今じゃ、

『お孫さんですか』

これマジで言われるんよ」

 この日はとくにお願いして龍すし本店の大将と女将さんにも顔を出してもらったのですが、

「加納もここまで来ると化物やな。結崎さんや、香坂さんもそうやけど、ここに小島が生きとったら、すごかったやろな」
「ホント、小島さんは早すぎました。もうすぐ三十年ぐらいになりますかねぇ」

 エレギオン発掘調査も今となっては懐かしい思い出ですが、天城教授は去年退官され名誉教授になられています。名誉教授になられてからも、エレギオン学が世界のメジャーになった第一次発掘調査の恩義を律儀に思われていて、跡を継いだ相本教授と共に、折々に御挨拶に来られます。

 相本教授ですが、実は苗字が変わられています。これも聞いた時には驚いたのですが、今は柴川姓になられています。柴川君はコトリ副社長との恋が終わった後に相本教授に突撃して結ばれたのです。やっぱり柴川君は年上趣味だったのかな? これは相本教授に失礼過ぎますから、相本教授の魅力に柴川君がメロメロになったとさせて頂きます。

 そうそう、柴川君も活躍しています。エレギオン音楽研究の第一人者であり、エレギオンとアングマールの戦争を描いた大叙事詩の全貌解明に大きな功績を上げられたからです。天城名誉教授は、

「いずれ柴川君が相本教授の跡を継いでくれると思ってる」

 変わったといえば、河原崎元社長時代から密談場所として愛用していた料亭も無くなってしまいました。あそこも代替わりしたのですが、息子はボンクラだったようで、あれだけの料亭を潰してしまわれたのです。思い返せば、代替わりの頃からユッキー社長や、コトリ副社長も利用されなくなっていました。

 事あるごとにコトリ副社長が女神であること、生き続けることにあれだけ諦観的なのがミサキにもわかってきた気がします。生きるうれしさより、残されていく虚しさを強く感じるのです。そんなある日にシノブ専務から相談があると飲みに誘われました。

『カランカラン』

 このコトリ副社長の行きつけのバーのマスターは健在です。さすがに髪は真っ白になっていますが矍鑠たるものです。ただミサキたちが行くと、

「専務さんや常務さんたちを見てると時間感覚がおかしくなります」

 そりゃそうよね。誰がどう見たって六十二歳と六十七歳の二人連れに見えないですからね。それにしてもマスターもいくつになったんだろ。ミサキが通い始めてからだけでも四十年だけど、コトリ副社長なら五十年近いはずだから八十歳ぐらいかな。

「ミサキちゃん、コトリ先輩は四十七歳になられるわ。後三年ぐらいの間に宿主代わりに入られることになる」

 これは前の宿主代わりの時に薄々聞かされたことです。

「コトリ先輩が新しい宿主に宿られエレギオンHDに帰ってくる頃には、私も七十歳を越える事になるの。前みたいに学生時代から楽しまれたら七十五歳ぐらいになってる可能性もあるわ」

 ミサキだって七十歳ぐらいになります。

「まだ大丈夫の気もするけど、次の宿主代わりの時には私はいなくなってる可能性もあるの。そういう歳だからね。だから決めたの、私は付いて行くって」
「付いて行くって?」
「記憶の継承の封印を解いてもらう」
「でも記憶を受け継ぐって、どれだけ重くて辛いものかは、見て来たじゃありませんか」
「わかってる。だからミサキちゃんに強制する気はないわ。でもね、私はそうするために生み出された気がしてる。少しでも次座の女神の悲しみを和らげ、生き続ける気力を与える役割の気がするの」

 たしかにイヤでも記憶を受け継いでいくコトリ副社長や、ユッキー副社長がいるのです。

「ミサキちゃん、思うんだけどエレギオンの四女神は四人だったから生き残ってきた気がしてるのよ。そりゃ、辛いこと、悲しいことはテンコモリあったんだろうけど、同じぐらい楽しいこと、嬉しいこともあったんだよ。辛いこと、悲しいことを四等分して耐え、嬉しいこと、楽しいことを四倍にして生き残って来たはずだって」
「・・・」
「ミサキちゃん、前の宿主代わりの時にコトリ副社長が甦った時のこと覚えてる」

 忘れるものですか。常務室で感激のあまり大号泣したのですから、

「あれも次座の女神は泣いて欲しかった気がしてるの。そうやって待っている人がいるってのが大切な気がしてる」

 そうだ、そうなんだ。今のミサキの人生だって、段々に知ってる人がいなくなってるのを、こんなに寂しく感じるんだ。ユッキー社長がコトリ副社長のことを、

『腐れ縁のなれの果て』

 とか、

『ホンマに相性悪い』

 と口癖のようにいうけど、こうも言っていた。

『とにかく長すぎて、もう体の一部じゃない、体の全部よ。二人で一人なの。どちらが欠けても存在できないの』

 もう二人しかいないんだ。今はたまたま四人になったけど、また二人になっちゃうんだ。シノブ専務は付いて行くっていうけどミサキはどうしよう。しばらくしてから四女神が仮眠室のリビングにそろった時にシノブ専務は付いて行くことを宣言されました。そりゃ、ユッキー社長も、コトリ副社長も反対されて、あれこれ翻意を促されましたが、

「そこまでシノブちゃんの決心が固いのなら、過去は封印したままで今からの記憶だけ継承するなら認める」

 シノブ専務はそれでもって食い下がられていましたが、そこで妥協となりました。

「まさかミサキちゃんはそんなこと言わないよね」

 この時にミサキの心は決まりました。

「いいえ、これから永久女神懲罰官として務めさせて頂きます。ミサキがやらなくて誰がやれるというのですか。女神の秘書もそうです。これもミサキ以外の誰にも務まりません」

 社長と副社長は困った顔をされて、

「四座のシノブちゃんは付いて来るって言うかもしれないと思ってたの。悪いけど、基本設計がそうだから。でも三座のミサキちゃんはそうならないはずだったのよ」
「ユッキー、どこで間違ったんだろ」
「おかしいわね、昔からそうなんだけど妙に頑固。もっと従順で素直なはずなんだけど」
「やっぱりさぁ、あのときにユッキーがあれ入れようってしたのが・・・」
「あそこは関係ないはずよ。そっちじゃなくて、コトリがあれも盛り込もうって言ったのが・・・」
「やっぱりユッキーが悪いのよ」
「コトリが絶対悪い」
「なにを」
「やるか」

 ふと見るとリビングのテーブルが浮き上がりかけています。そこでミサキが、

「しゃらっぷ。永久女神懲罰官の目の前で喧嘩をしようとはいい度胸です。一年間のタダ働きに加えて、仮眠室は再建しませんし、カーペットも取り上げます。それで良ければどうぞ」
「冗談やんかミサキちゃん」
「そうよそうよ、喧嘩なんてする気もないのよ」

 お二人に四十年付き合ってわかったこと。お二人は女神になられてから千年の間、お二人で寂しさを耐えてたんだって。親兄弟、友人、知人をすべて見送り、それでも生き抜く寂しさをひたすら耐え抜いてこられたんだと。でも千年の寂しさに耐え切れず生み出されたのが三座と四座の女神なんだと。

 でも作られてから後悔されてた。結果として永遠に続く寂しさの道連れにしてしまわれたことを。だからお二人は三座と四座の女神を精一杯の愛情を込めて可愛がり、守ってくれる。以前に継承される記憶を封じてしまったのもそう。記憶の重みに耐えるのは二人で十分だと。

 でもお二人は寂しいのだって。いや、居て欲しかったんだ。本当はすべての記憶の封印を解き放って一緒に居て欲しかったんだと。ミサキの決断が正しかったかどうかはわかりません。ただ思うのは、今はこの世界から離れたくない事だけです。いつの日か今日の決断を後悔するかもしれませんが、それでも今はお二人に付いて行きます。

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