不思議の国のマドカ（第26話）すり替え

　マドカの調査が済んだ後にコトリちゃんから呼ばれた。
 
『カランカラン』
 
　コトリちゃんとこのバーに来るのも久しぶりになる。それにしてもここのマスターも怪物だな。まだ現役でシェーカー振ってるじゃないか。もう百歳越えてるはずだがな。
 
「シオリちゃん、相当複雑だから良く聞いてや」
 
　新田和明の妹は友美さんっていうのだが、間違いなく実在し、集団レイプ事件も確認されている。発狂して精神病院に入ってるのも事実だし、集団レイプの結果、妊娠して子どもを産んでるのも事実だそうだ。
 
「ここで先に言っとくね。神も結婚するし子どもも作るのよ。そりゃ、意識だけが神で使ってる体は普通の人だからね」
 
　ミサキちゃんや、シノブちゃんがそうだからわかるし、わたしもサトルの子が欲しいものな。
 
「それと神の意識と言っても、大元をたどればエラン人なのよ」
「コトリちゃんみたいに分身した可能性は」
「それも可能性としてあるけど、それならなおさら人やんか」
 
　なるほど。神と言えども家族愛が普通にあるってことだな。というか、人と同様に家族愛が強いものと、そうでもないのが存在するぐらいの理解で良さそうだ。
 
「新田和明は家族愛が強いタイプの神と見てエエ」
「そりゃ、姪御さんを引き取るぐらいだからな」
「ここからが複雑なんや。こればっかりは偶然でエエと思うけど、円城寺まどかも同じ頃に、同じ病院で生まれてるのよね」
 
　話がキナ臭くなってきたぞ。
 
「まさかすり替えたとか」
「結果としてはそうやねんけど、そんな簡単な話やないねんよ」
 
　どういうことだ。すり替えだけでも複雑すぎるけど、
 
「新田和明は結婚もしてるし、子どももおる。ただな、和明の性嗜好はかなり変わってる」
「ホモとか」
「ホモじゃ子どもは出来んやろ。和明は奥さんを深く愛してる」
 
　ノーマルではないか。
 
「和明が愛する対象は心が女で体が男や」
 
　混乱しそうだが、とりあえず外見というか体は男ってことだな。
 
「そんな男を女にして愛するのが和明の性嗜好や」
「無茶言うな、性転換手術受けたって子どもなんか産めるはずがないじゃないか」
「それが出来る神ってこと」
 
　あっ、そうだった。和明は神だった。
 
「前にユッキーと話とってんけど、神であっても完全性転換させるのはムチャクチャ難度が高いのよ」
「コトリちゃんやユッキーでもか」
「理屈の上で可能言うだけぐらいや」
 
　そんなに難しいのだ。
 
「もしやるならば、相当な経験が必要になる。でも和明は可能になったんやろ。和明の意識は神の意識やんか、何千年も試行錯誤する時間があるやろ」
 
　どれだけ失敗の山を築いたか怖いぐらいだが、
 
「だからタダのすり替えやなかった」
「どういうことだ」
「新田まどかは姪やなく甥やったんや」
 
　なんだって。不幸な妹の子である甥を姪に変えて、円城寺家の娘とすり替えたというのか。
 
「なにか証拠があるのか」
「和明の奥さんやけど、薄々やけど神やねん。コトリでもよう見んとわからんぐらい。たぶんやけど、和明をもってしても完全性転換させて、子どもまで産ませるとなるとそうせんとアカンねんやろ」
「まさかマドカも」
「そやった、薄々もエエとこやけどあれも神や」
 
　話はさらに複雑になって行ったのだ。どうも和明は新田まどかを円城寺まどかそっくりに作ったみたいなのだが、ここもこれじゃ不正確で、
 
「二人を瓜二つに作ったんだよ」
 
　もちろんバレないためだと思うが、まるで双子みたいとまで言われてたそうなのだ。
 
「話が複雑になるから、呼び方ちょっと変えるな。本物の円城寺まどかを円マド、本物の新田まどかを新マドとしとく。実際に二人は、逆だがそう呼び合っていたいたらしい」
 
　和明も別にすり替えた円マドを不幸にする気はなかったみたいで、新マドの学友状態にして、ほぼ同じ教育を受けさせるようにしてるのだ。さらに二人は仲もすごく良かったみたいで、まるで本物の双子みたいに育ったらしい。
 
「名前が同じなのに意味があるの」
「和明・友美の兄妹の下にもう一人妹がいたんだけど、難病で生まれて間もなく亡くなってるんよ」
「その子が･･･」
「そう、まどかやってん」
 
　二人は同じ大学に進んだのだが、写真の才能は新マドにあったらしい。薄々でも神だから、ただの人の円マドを上回ったんだろうとしてた。たしかにマドカの才能は半端じゃないからな。

　ただ円城寺まどかの父である栄一郎は娘が写真に血道を上げるのが気に入らなかったで良さそうだ。そのために新田まどかの名前でコンクールに応募し、新田まどかが受賞していたとなっている。
 
「ちょっと待ってくれ。じゃあ、同じ赤坂迎賓館スタジオに就職した話は」
「ホントだよ。円マドはセクハラを受けそうになって竜ケ崎学を投げ飛ばして破門になってるねん」
 
　一方の新マドは竜ケ崎のマン・ツー・マン指導で西川流を極めたのか。そうると、えっ、えっ、まさか二回目が起ったとか。
 
「そのまさかが起ったんよ。どうしても写真の道に進みたい新マドは円マドとすり替わったってこと」
 
　頭が痛くなりそうだけど、
 
　新田和明の甥　→　和明の姪の新田まどか　→円城寺まどか　→　新田まどか
 
　こうなってるのだ。最終的には本物の円城寺まどかが家に残り、本物の新田まどかがオフィス加納に入ったことになる。
 
「結局回り回って元の鞘に収またってことなのか。それでもだ、赤ちゃんの時のすり替えはまだしも、大人になってからのすり替えは無理があり過ぎるじゃないか」
 
　コトリちゃんはゆっくりとスコッチを味わってたけど、
 
「バレないね。栄一郎の結婚は祖父の敏雄による完全な政略結婚なんよ。子どもこそ出来たものの、マドカさんが生まれてからの仲は冷え冷えしてたんだよ」
「いくら夫婦仲が冷え冷えしても、母親なら自分の娘の見分けぐらいできるはずだろう」
「出来ないよ。マドカさんが生まれてから、栄一郎も奥さんも浮気に走ってしまい、母親と言っても産んだだけで、育児はすべて執事である新田和明夫婦がやってたんだよ」
 
　イヤな話だ。
 
「それでも新田和明夫妻ならわかるはず」
「そりゃ、わかるよ。本物の姪なら神が宿ってるからね」
 
　そこまで見えないと区別が出来ないのか。
 
「新田和明の目的は不幸な生い立ちの甥に幸せな人生を送ってもらうことだよ。今の時点で円城寺まどかであるのは、政略結婚の道具としてしか使われないんだよ。だから写真で自分の道を切り開いていく方が幸せだと思わへんか」
 
　たしかに。でもそれじゃ、新マドは、
 
「円城寺まどかには婚約者がいた」
「政略結婚？」
「それに近いやんけど、学生の時に婚約は行われてるんよ。でも新マドは相手を嫌っていた。赤坂迎賓館スタジオに勤めたのも、少しでも結婚を遅らせるためでもあったんだよ」
 
　お金持ちのお嬢様稼業も大変だな。
 
「ところが円マドは好きだったんだよ。だからすり替えの話に乗ったんだ。去年結婚して、もうすぐ子ども生まれるよ」
 
　超複雑な話だが、グルッと回れば、みんな幸せか。今さら真相を蒸し返しても意味無いだろう。そりゃ結婚したのは正真正銘の円城寺まどかだし、うちのマドカも正真正銘の新田まどかだ。強いて言えば当人同士の記憶が逆だが、ここまでくれば些細な問題として良さそうだ。
 
「円城寺まどかと新田まどかの複雑な関係はわかったが、最初の問題であるレズ疑惑は？」
「新田まどかはレズじゃない」
 
　ありゃ、見間違えたかな。
 
「でも女を愛してる」
「それってレズじゃない」
「だいぶ違う。男の心で女に恋してる」
 
　あ、そうか。元は男であった。
 
「性転換する時に失敗したのか」
「違うと思う。初めてだから気づかなかったんやろう」
「はぁ？　どういうことだ」
「おそらく男の心を持つ男を性転換させたのは初めてだったと見てる」
 
　なるほど。和明は女の心を持つ男しか性転換させてないのだ。体が女になれば心も女になるぐらいに見てたのかもしれない。
 
「学生時代のマドカが婚約者を嫌ったのも心が男だったからか」
「それでエエやろ。別にその婚約者だけでなく、どんな男だって嫌だったで良いと思てる」
 
　マドカにホモっ気があればどうなってたかは興味あるけど、こっち方も考えだすとややこしいから置いとく事にする。残された問題はマドカをどうするかだが。
 
「円城寺まどかはそれで良いとして、新田まどかはどうなるのだ」
「どうして欲しい」
「そりゃ･･･」
 
　どうしたら良いのだろう。性転換手術を受けさせて男にするのが良いのかな。
 
「神でも女から男にするのは難しいのか」
「男から女と難度は同じぐらいやと思うけど、これは和明さえやった事がないと思うわ。コトリやユッキーに期待されても完全は無理。せいぜい見た目を男にするのが精いっぱい」
 
　だろうな。じゃあ、そのままだったら、
 
「シオリちゃん、男の体にもし変えられたら耐えられるか？」
 
　想像するだけで嫌だ。そっか、そういう苦痛をマドカは毎日耐えてるのか。ここでコトリちゃんはニッコリ笑って、
 
「ユッキーと考えてることがあるから、マドカさんを三十階に連れてきてくれへんかな」
「なにをするのだ」
「ユッキーの診立てが正しいことを祈っといて」