流星セレナーデ(第6話)ユッキー社長の見方
ハワイから帰ってから会社の方で動きがありました。重役会議で、これまで彗星問題をそれほど深刻に取り上げられなかったユッキー社長やコトリ副社長の態度に変化があったのです。ユダとのハワイ会談の影響と見て良いでしょう。
「これから彗星問題は社会的にも深刻化する懸念が強いと見ています。場合によっては社長や副社長が泊まり込みでの陣頭指揮、それも長期になる可能性さえ考えられます。それに備えておきたいと思います」
「社長、具体的には?」
「手始めにといってはなんですが、長期の泊まり込みに対しての仮眠設備的な物を設置したいと考えています」
「どこに作られますか」
「三十階でイイんじゃないかと。あそこは空いてるスペースが多いですから、その隅っこにでも作りましょう。イイですよね、香坂常務」
ユダとの会談の成果として彗星の地球衝突の可能性はなくなったと見て良いと考えていますが、代わりに母星からの新たな神対策は長期化する可能性は十分にあります。
「異議はございません」
ミサキもハワイ会談で得られた情報をあれこれ考えています。とにかく神同士の会話はキツネとタヌキの化かし合いみたいなもので、ハワイではコトリ副社長の受け取り方を聞きましたが、ユッキー社長の見方も是非聞きたくなりました。アポを取って三十階の社長室に向かいました。
「コトリ副社長は母星の宇宙船が片道用か往復用かでリスクは変わると考えておられましたが」
「わたしは往復用の可能性が高いと見てるわ。片道用にしては大きすぎる気がしてるの」
これもユダ情報を信じるしかありませんが、かつて原初の神たちが詰め込まれたカプセルはさほどの大きさではなかったとされます。それを送り込むだけなら、小さな宇宙船が地球に着陸さえすれば良いだけだからです。
「ただね、それでも小さすぎる気もしてるの。この辺はテクノロジーの差もあるからなんとも言えないけど、地球から飛び立つのにはかなりのエネルギー量が必要なのよね」
ミサキの頭の中にはスペースシャトルの発射シーンが浮かんでいます。スペースシャトルは宇宙との往復は可能でしたが、スペースシャトル単体では地球を飛び立てず、巨大な補助ブースターを必要とします。
「そうなると」
「ミサキちゃんも鋭いね。周回軌道からの降下もあると考えてる」
「となると降下して来るのは」
「意識だけの神ってのはアリと思う」
そういう方式で地球に上陸されると手のうちようがなくなりますが、
「目的はなんなのでしょう」
「想像するしかないけど・・・」
これもまたユダ情報しかないのですが、一万年前の母星は超が付く独裁国家だったそうです。そりゃ、指導者やその側近たちが記憶を受け継ぎながら宿主を移って行き、政治を取り仕切っていたからです。
ユッキー社長は、それでも統治しきれなかったとみています。一つの証拠が地球に送り込まれた流刑囚です。これは反乱の結果であるのを信じるのなら、一万年の間にも周期的に起っていたはずだの見方です。そういう政治への不満をガス抜きする手段として、指導者は戦争を良く利用します。母星内での戦争は難しい状態になっていると見て良さそうですから、国外というか、星外への遠征です。
「では超兵器を駆使しての地球制服目的とか」
「そうなれば終りだけど、違う気がする」
国内の不満のガス抜きのための戦争はアッサリ勝って、費用も出来るだけかけないのが戦略の常識だそうです。そもそも地球を征服したところで母星にとって大した意義があるとは思えないとユッキー社長は仰います。言われてみればそうで、母星と地球の連絡路は不安定なところがあり、地球経営のための投資の回収は容易な物とは思えません。
「そうなると・・・」
「そうあって欲しいの願望もあるのだけど、死刑廃止に連動すると見ているわ」
「やっぱり、グルっと回って流刑囚?」
「ある種の政治ショーというか見世物ね」
ユッキー社長は古代ローマでも盛んに行われた剣闘士のショーみたいなものを考えておられるようです。地球に送り込まれた流刑囚はサバイバルのために必死で戦うでしょうから、その戦う姿を母星で放送して楽しんでもらうぐらいです。
「そうなってくると最後は神の能力勝負」
「わたしも見世物にされるのは気が向かないけど、こんな騒ぎで死にたくないし」
「でも神がアメリカ大統領とか、ロシア大統領とか、中国の国家主席になったりしたら」
「無能力者やミニチュア神程度だったら赤子の手を捻るようなものなの。それこそローマ教皇に拝謁しただけでユダは殺すか取り込むだろうし、日本に来ればわたしとコトリで始末する」
「能力者だったら」
ユッキー社長は窓際に歩いて行かれ、
「わたしが知っている範囲もそんなにあるとは言えないけど、仮に一万人いたとしても、強い神はそんなにいなかったと見て良さそうなのよ。一万人から千人に減る速度、さらに千人から百人に減る速度は、そんなにかかっていないかもしれない。でも・・・」
「でも、なんですか」
「ユダの話は引っかかるのよね」
「どこがですか?」
ユダは母星には地球の神のような能力者はいなかったとしていましたが、一方で意識と肉体の分離技術の使用は非常に限定的としていました。それこそ指導者とその側近と星流しの流刑者ぐらいです。
「神になる前のユダには神は見えないのよ。いや、ユダだってイエスを抱える前は見えてなかったかもしれない。母星の神が地球の神のように能力がある可能性はやはり残るのよ」
「放射線防護シールドの話は?」
「逆だった可能性も考えてる。地球に送り込む流刑囚の能力を削いでいたかもしれない」
「それだったら」
「数には勝てないってこと」
「そんなぁ!」
ユッキー社長は静かに振り返り、
「やっぱり床にカーペット敷こうよ。冬は底冷えするんだから」
「ダメですが・・・これはいったい」
「言ったじゃない仮眠室よ」
三十階は女神の喧嘩への罰として、天井もなく壁も床もコンクリート剥きだしのままです。社長室や副社長室と言っても簡易式の衝立で囲っただけですし、机や椅子もヒラ社員と同じです。その状況は今も変わっていません。変わっていませんが、社長室と副社長室以外のスペースにユッキー社長が仰っていた仮眠設備が設けられています。これが、
『なんじゃこれ』
こうしか表現しようのない仮眠室が出来上がっています。とりあえず瀟洒な門があり、門をくぐると庭を通って立派な玄関になります。屋根は瓦葺のようです。そこから見事な廊下を歩いて行くと広いキッチン・スペースを備えたダイニング。ここもタップリスペースが取ってあります。
豪華な応接セットを備えたリビングもあり、シャンデリアが綺麗でグランド・ピアノまで置いてありホーム・バーまであります。他にも映画鑑賞室兼カラオケ・ルーム、ビリヤード室、ベッドルームも四つもあり、それぞれにバス・トイレが付いてます。それだけでなく外を一望できる広いジャグジー付のバスルーム、なんとサウナまであるじゃないですか。
ウォークイン・クローゼットも余裕の広さで二ヶ所も設置されていますし、ドレッシングルームも同様に二ヶ所。ドラム式の洗濯機も二台。
「社長、あそこの角は」
「あれ、コトリがアスレチック・コーナー作るって言ってた。運動不足の解消とシェープアップに必要って」
「じゃあ、あっちのところで作りかけているのは」
「お茶室があってもイイかと思って。心落ち着けるのに良さそうでしょ」
ミサキはあきれ顔で、
「そこまで手を入れてられるのに社長室と副社長室だけカーペットを敷かれないのですか」
「女神懲罰官の許可がいるでしょ」
や ら れ た。あの重役会議で仮眠室設置の了承をミサキに振ったのはこれを作るためだったんだ。たしかに度が過ぎるほど豪華な仮眠室ですが、三十階の天井にも壁にも床にも手を付けていません。空きスペースへの設置をミサキは許可していますし、そこに具体的にどんなものを作るかまで制限意見を出していません。これはお二人にとって、
「なにをしても良いフリースペース」
こう受け取られるってことです。まるでモデルルームのような三十階を見ながら茫然とするミサキがいました。こいつら三十階に家を作りやがったんだと。まさか、これがしたいばっかりにあれだけ喧嘩を繰り返していたとか。でも、あの二人ならこれぐらいやりかねません。
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