流星セレナーデ(第18話)船団、周回軌道に
NASAがあらゆる天文台の反論を押し潰して、
『あれは小惑星群である』
こう頑張っていたのを撤回し、
『他星系からの宇宙船である』
こう認めた瞬間に世界中がパニックになったとしても良いと思います。さっそく宇宙船饅頭、宇宙船煎餅、宇宙船チップス、宇宙船ビール、宇宙船ソーダ、宇宙船ハム、宇宙船ソース、宇宙船味噌・・・と続々と便乗賞品が売り出されましたが、彗星騒ぎの時ほどは盛り上がりってないようです。やがて宇宙船団は悠々と地球周回軌道を回り始めました。その意図を巡って、
『地球侵略の準備』
『友好関係の模索』
どちらかの論争が果てしなく続いています。ユッキー社長とコトリ副社長は、
「まず情報収集だろうね」
「征服にしろ、なんにしろ言語と地球の情報がないと始まらないし」
フィルも言ってましたが、母星に残されている地球情報は一万年前のものですから、まずこれを更新しないと始まりません。
「フィル、大きさはどう」
「あれは標準船サイズです」
ここも補足すると、フィルがいた秘密研究所にあった宇宙船の設計図は一種類で『長期用標準船』となってたそうです。
「形はどう」
「ほぼ設計図通りで良いと思います」
「作ったのか、一万年前から保存されていたものか、どっちだろうね。あれへの武器の搭載は」
「ありません。これもどうやらですが、母星が探査した中で曲がりなりにも知的生命体が存在したのは地球だけだったようです」
そうそうフィルはクレイエールの危機管理委員に任命されています。
「離着陸能力は」
「そういう仕様にすれば可能です。ただ問題があります」
「どんな問題?」
「再離陸仕様にすれば荷物の搭載量が減るのと、エランでは燃料の調達が厳しくなっています。それと離着陸自体が荒業です。あのサイズですし」
「でも、とにかく離着陸は可能ね」
宇宙船団は悠々と地球周回軌道を回ります。船団はやがて集団から散開に変わります。これは探査範囲を効率化すると同時に、監視範囲を広げるためと見て良さそうです。不気味な動きですが、地球側はなす術もありません。
アメリカを始めとして各国は宇宙船団の侵略に備えて最高レベルの警戒態勢を取っています。日本ですらそうで、自衛隊が各地に展開しています。国連でも対策会議が連日のように行われていますが、お手上げ状態ってところでしょうか。もちろんコンタクトを取る試みも行われていますが、ここまでのところは反応なく手詰まり状態です。
「フィル、エランでの言語は一種類だったの」
「統一政府が出来てから言語の統一が行われてます」
「地球に統一政府が無いのはバレバレね」
地球全体に重苦しい空気が広がっています。彗星騒ぎの時も似たような空気はありましたが、あの時は諦めにも似た開き直りみたいなものもありました。しかし今回はひたすら重い感じです。おそらく彗星の時は当たれば生きるか死ぬかの一発勝負みたいな感じだったのが、今回は異星人による支配が始まり、延々と続く苦難が待ち受けている感じとすれば良いでしょうか。
誰がどう考えてもテクノロジーの差は圧倒的です。太陽系以外から宇宙船で地球に来ているというだけで懸絶する技術の差があり、それも一隻ではなく十隻です。ただの調査とか、探査とは思えません。友好使節か侵略軍かの議論も、侵略軍の見方にドンドン傾いていきます。
そうなってくると戦っても勝てるのかの議論にどうしても傾きます。ICBMを改造して撃ち落とそうの意見も出ていましたが、ICBMは宇宙船を攻撃するために作られているのではなく、あくまでも地表攻撃用です。到底無理そうになっています。
次の議論の焦点は、宇宙船が着陸する前に撃ち落そうです。着陸されてしまえば、超兵器で武装した侵略軍が上陸するだろうから、その前に地球上の戦闘機をフル動員してでも落としてしまおうです。
これについては地球の兵器が通用するかの問題もありますが、根強く残っている友好使節の可能性が重大視されています。宇宙船団は地球周回軌道にこそいますが、未だに敵対行動を取っていないからです。下手に攻撃すると、友好使節であったはずが報復軍に変わる可能性の指摘です。果てしもない議論が国連を中心に行われています。国連だけではなく、各国政府もそうですし、会社の中、学校の中、家庭の中でも行われています。
街も軍事色が強くなっています。最高レベルの警戒態勢が長期化せざるを得なくなり、日本ですら緊急事態に備えての避難訓練とかが定期的に行われています。神戸市内でも迷彩服に武装を固めた自衛隊員の姿は日常化し、街角に自衛隊車両があるのに違和感がなくなってきています。
そんな状態になってもクレイエールは動いていかないと行けませんが、ミサキですら新作のコンセプトには驚かされました。打ち出されたのは、
『質実剛健』
かなりどころでないミリタリー色の濃いものです。作りも丈夫さと実用性重視で、いくらなんでもと思いましたが大ヒットしています。クレイエールのヒットに釣られて他社も追随しましたから、あっという間に街行く人の装いもミリタリー色の濃いものに染まってしまいました。
そうそう彗星騒ぎの時は新興宗教団体が跳梁跋扈しましたが、今回は左翼団体が初期の頃は頑張っていました。定番の、
『戦争反対、自衛隊は街から出て行け』
これもごく初期にはそれなりに注目を集めましたが、頭の上に宇宙船団がいる状態では支持はジリ貧で、今ではすっかり大人しくなっています。自衛隊がいても宇宙船からの攻撃を防げないかもしれませんが、自衛隊ぐらいしか頼れるものがありません。そりゃ、話し合うにもコンタクトすら取れない状態じゃ左翼団体の訴えは虚しく響くだけだったぐらいです。
彗星騒ぎの時は、開き直っての乱痴気騒ぎも起りましたが、今回はひたすら自粛ムードです。なんというか、
『この非常事態に!』
この声はネット上でも溢れかえり、芸能人のバラエティ番組すら自粛傾向が著明です。娯楽系のイベントも次々に中止となり、行きつけのバーのマスターも、
「干上がりそうです」
神戸でも屈指の繁盛店なのですが、週末だというのにガラガラ。
「マスター、その服は」
「ご時世ですから」
バーテンダーの服装と言えばベストなんですが、マスターはえらい地味というか、実用的過ぎるいでたちになっています。ここまで自粛ムードが広がれば不況色が濃くなっています。政府も非常事態に備えて物資の備蓄を始めていますし、市民も奢侈品よりも実用品重視で買い物をします。
クレイエールも主力のクレイエール・ブランドこそミリタリーの味付けでヒットを飛ばしたものの。高級品のクール・ド・キュヴェもジュエリーも不振どころか開店休業状態、ブライダル事業の落ち込みも著明です。
「ミサキちゃん、しばらくはしゃあないわ」
コトリ副社長はそういって笑い飛ばしていましたが、日に日に戦時色が濃くなる街を見ながらミサキの心も重くなっています。
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