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[23] ある猛暑日の盗人

師である画伯が言う
会心の出来なら 褒美をくれてやると
ながい絵筆なのか
おおきなキャンバスなのか
はたまた
だいようりょうの絵の具なのか
知らないけれど
いずれにしても
ぼくには必要ないものだ

ばかみたいに
せっせと描きつづける
白色矮星
死にゆく星を いくら描いたって
つまらないから
目をつむって描いてみよう
なんだか「もち」に似ていた
それからずっと「もち」
楽しいよ
なんの意味もなくたって
おふざけは楽しい
「もち」とはいっさい関係ないこと
かんがえているとしても
引く手数多のひとが羨ましい
あのひとあの子にぜったいほの字
健全な世はなんとも退屈なユートピア

ほんとうは
てなが猿のパントマイムとか
果実にむしゃぶりつくアダムとか
なぜかうらさびしいアクアリウムとか
描きたいんだ
画伯は兄弟子にかかりきり
描きはじめてすぐに コンクール入選
あたまをなでられ
麒麟児などと呼ばれ
その画才が
ぼくをなんども苦しめるんだ
いっそ
焼いてみようか
香ばしい匂い 狂おしい臭い
ただよわせて

せみのぬけがら散らばり
せみのなきごえ貼りつく
猛暑日
描きためた「もち」が
キャンバスから消えていた
戸締まりを怠った非 あるにはあるけれど
だれがあんなもの
食べたいとかんがえたのだろう
だれかの空腹をやわらげたのなら
ぼくの役目
果たしたような心地も

ばかみたいに
せっせと描きはじめた
まずそうな
やきもち
だれかのおなかに
収まってくれるかな


※逃亡銀河の鼠たち
(逃げのびた闇のなかで 前編)

お読みいただきありがとうございました。なにか感じていただければ幸いです。