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ついに始まったインボイス制度。経理部を待つ「つらみ」と、今からでも遅くない対策。

 今回のテーマは世間で話題の「インボイス制度」です。10月1日に施行されたばかりのこの制度、とにかく複雑で分かりづらいと言われています。僕もひととおり勉強しましたが、実際に経理の現場でどんな混乱が起きていて、どんな対処が有効なのか、100%理解しきれていない部分もあるよなぁと。

ということで、今日はマネーフォワードの経理本部 本部長・松岡俊さんとの対談形式で経理現場の生の声を聞かせていただきます。

松岡 よろしくお願いします。

 松岡さんは僕のソニー時代の先輩なんですよね。急成長が続いて、上場後、バックオフィスが大変で、にっちもさっちも行かなくなったときに、イギリス赴任から帰任した松岡さんに久しぶりにチャットを送って、二言目には「ところで転職興味ないですか?」といきなり相談したという(笑)。

松岡さんが来てくださってから、僕は経理で一度も悩んだことがないほど、めちゃめちゃ頼りにしています。

松岡 自分でも驚きの展開でしたが、おかげさまで経理一筋25年のキャリアです。

 しかも、IT導入など、最先端のソフト使いこなされてですもんね。では、さっそく本題に行きましょう。いきなりですが松岡さん、インボイス制度って簡単に説明すると何なんですか。

松岡 簡単に説明することが難しいのが、インボイス制度なんですよね(笑)。正しく説明しようとすると、まず消費税の仕組みからロジカルに積み上げることになり、とにかく説明が長くなってしまうんです。

 世の中一般の方でもわかるように、超シンプルにお願いします!

松岡 例えば、仕入先のA事業者に「消費税込み110円分」の仕入れの支払いをするとします。110円のうち消費税分の10円は、国に申告すれば控除対象となって基本的には戻ってくる仕組みになっているんですね。仕入先のA事業者が、消費税分の10円を国に納めるという前提に立っているからです。

インボイス制度の導入によって記載が義務化されるようになった「適格請求書発行事業者の登録番号」は、「私たちは消費税を納める事業者ですよ」と示すサインです。今後は、この登録番号が書いてある請求書を元に支払った消費税だけが控除対象になります。逆に言えば、番号なしの場合には消費税分は返って来ないということです。これまで100円で済んでいた部門の負担が110円になっちゃうんですね。

 100円が110円に! それは事業者にとっては、利益が減ってしまうことになるので負担が大きいですね。負担を減らすための措置はないんですか?

松岡 現在は経過措置があります。今回のA事業者からの仕入れの例でいうと、消費税額の2%の負担なので102円です。しかし、この経過措置も3年限定で、徐々に5%、10%と負担が広がっていくことになっています。

 2%でも結構な負担になりますね。

松岡 さらに言うと、現行の消費税率10%がずっとそのままかというとそれは分かりません。仮に消費税率が将来上昇したら、経営的なインパクトはさらに増加するかと思います。私がイギリスにいた頃は税率が20%で、控除不能額もかなり出ていた印象です。

 イギリスのVATという制度ですよね。怖い話だ……。実際に経理部の現場では、インボイス制度開始によって、何か大変なことは起きているんですか?

松岡 まず、事務工数が膨大に増えていますね。請求書に登録番号が書かれてあるかどうかをチェックし、この取引先が適格請求書発行事業者なのか確認した上で、先ほどの経過措置などをふまえて、控除対象なのか色分けしないといけない。当然、チェックポイントが増えるので、事務工数アップになります。10月は(インボイス制度施行前の)9月付の伝票を扱っているのでまだそこまで混乱は生じなかったですが、本当の苦しみがやってくるのは11月からですね。

 請求書を出す側、つまり売上の処理に関してはどうでしょう?

松岡 適格事業者であれば、その要件に沿った請求書をきちんと発行するというのが大原則になります。ただ、これが意外と大変な作業でして、いろんなルールがあるんです。例えば「請求書1件につき、端数処理は税区分ごとに1回だけしかできない」とか。しかも、それが現行の請求書計算のルールにそのまま当てはまらないので、端数処理のためだけに何百万円もかけてシステム改修をしないといけない会社もあると聞いています。

 業務工数もかかって、さらにはシステム改修も必要になるなんて……。請求書の発行がない場合は、どうなってしまうんですか?

松岡 サービス形態の多様化によって請求書を発行しないケース、例えば当社も家計簿アプリ『マネーフォワード ME』の有料サービスをアプリストア経由でお買い上げいただいたりしていますよね。これにも消費税は加算されていますが、ユーザーの方に領収書発行をしたり、請求書を発行していませんよね。

 個人のお客様がほとんどですからね。

松岡 そうですね。でも、中にはごく一部、事業用に『マネーフォワードME』を使ってくださっている方もいますよね。では、漏れなく消費税控除をするために、有料会員51万人に対して、インボイス発行できるようにシステム変更をするべきなのか?という話になるんです。

 それは、なかなか難しいですね。どう対処したんですか?

松岡 『マネーフォワード ME』に関しては、不特定多数に対して販売するビジネスに適応される例外規定「簡易インボイス」の適用があるのか税務署に確認し、利用規約の文言を改定したり、そのための調整を法務部門や事業部と重ねたりと結構細かく準備しました。

『マネーフォワード ME』以外にも領収書・請求書発行を伴わない課税売上がありましたので、支払通知書に追記したり、請求書発行に切り替えたりと、サービス一つひとつに対して、オーダーメイドで個別対応を考えていくしかなかったですね。

 そんなことまで個別に検討していかないといけなかったんですね……。すみません。皆さんが優秀で仕事が早過ぎて、そんな大変な対応をしていたなんて知りませんでした。他にもインボイス制度では、発行する請求書の控えも保存する義務がありましたよね。これについてもどのように対応したんですか?

松岡 書類の扱いのルールの変更に伴う確認作業も結構発生しましたね。クラウド請求書で発行している標準的なものはクラウド側で保存しているので心配無かったですが、それ以外のシステムで発行している請求書等についてはシステム部門と「控えを法定期間保管するにはどうするのか」という議論を詰めたりしました。

 結局、どうすることにしたんですか。

松岡 クラウド会計に関しては「簡易インボイス」は適用できないことが分かったので、システム上で発行しているPDF形式の領収書に情報を追加して表示することでクリアしました。そういったPDFすら発行していない商流のサービスで規約変更や支払通知書で対応できないものに関しては、クラウド請求書で請求書を発行するフローに変更しました。本当に一つひとつ、オーダーメイドで対応するのですが、こうした業務が無数に発生しているというのが経理部のリアルです。

 僕もかつて経理部にいたので想像できますが、これは本当に大変だ……。他にもたくさんの大変なことがありそうですがどうですか?

松岡 海外のプラットフォームを介して売上を請求しているプロダクトもあって、そのプラットフォームがちゃんとインボイス対応をしてくれるのかを確認しました。とにかく確認ポイントが無限に見つかるんです(苦笑)。

 想像するだけで、胃が痛くなります(苦笑)。まだまだありそうですね。

松岡 はい。もっと細かい話をしてもいいですか?

お客様から入金があった後に間違いが発覚して返金する場合、手数料として差し引いた数百円も課税売上に含まれるんですね。すると、この数百円の手数料にもインボイスを発行しないといけないというロジックになっちゃうわけです。

 一体どこまで対応が必要なんでしょうか……。

松岡 売上側の立場では、「取引先に迷惑をかけちゃいけない」という心理が働くので、慎重に考える会社が多いと思います。マネーフォワードが真面目にインボイス発行をしなければ、相手側が消費税分の控除を受けられずに負担を被ることになってしまいますから。

 なるほど。当社が損したり、怒られるだけならまだしも、相手にご迷惑をかけるのはよくありませんね。それは、なんとかしようと頑張っちゃいますね。

松岡 ただ、さっきの辻さんの問いは重要かつ本質的で、「一体どこまでやるべきなの?」と頭を抱えている経理担当者は日本全国に相当いると思います。

 経理担当のみなさん、本当にお疲れ様です。

今こうして膨大なタスクが発生していることを理解したのですが、それをどう乗り越えたらいいのかが大問題ですね。松岡さんの中で重要なポイントや答えは見えてきていますか?

松岡 まず、個別対応を推進するための社内調整、コミュニケーションは重要です。経理の現場で長く働いてきた私の感覚として、これまでの制度変更と今回のインボイス制度が明らかに違うポイントは「制度の影響が経理部の外にも広く及ぶ」という点だと思っています。すべての商流の、すべての取引先に関わるので、社内の各部門への説明や調整事項がとにかく多い。コミュニケーションを根気強くやっていく姿勢は、これまで以上に求められると感じています。

もう一つ、やはり助けになったのはテクノロジーの力です。自社製品で手前味噌になりますが、請求書を発行する業務に関しては『マネーフォワード クラウド請求書』に自社の登録番号を一度設定するだけで、自動で対応してくれるので、ほとんど何もケアしなくてよかったです。

 松岡さんが経理の現場から日々伝えていることがプロダクトにも活きていそうですね。ちなみに、請求書を受け取って支払う側になる場合ではどうですか。

松岡 施行前から世間で騒がれていたとおり、「この請求書は適格だから控除あり、こっちは免税だから控除なし」と区別する作業は、やはり一筋縄ではいきませんね。継続取引の相手に対してはすでに情報があったり、すぐに確認できる関係性があったりするのでまだなんとかなりますが、領収書の経費精算となると……。例えば、辻さんが会食したお店がインボイスに対応している適格請求書発行業者なのかそうではないのかを、日々すごい量の領収書を対応する中で、一つひとつ判断しないといけません。

 押し寄せてくる領収書一つひとつに目を通すとなると相当な工数です。テクノロジーでどうにかしたいですね。

松岡 これもテクノロジーの力に救われています。画像を自動認識するAI-OCR機能によって領収書にある登録番号を瞬時に捉えてデジタル化するのと同時に、国税データベースと照合して、その番号が本当に正しく申請されているかをチェックできます。この機能を使えるだけで、どれほど経理部の負担が軽減されているか分かりません。

逆に、AI-OCRに頼らず、すべての領収書を1枚1枚、人力で確認するプロセスで臨まなければならないとすると、かなりのパワーが必要です。枚数が少ない場合ならまだしも、多い場合は正確にかつ素早い対応を今後も継続的にし続けるのはかなり大変なのではないでしょうか。

 経理担当のモチベーションが下がってしまうでしょうし、作業の生産性も下がりますよね。

松岡 おっしゃるとおりです。「経理部全員で気合を入れて頑張ります!」と精神論で乗り切るのも選択肢ですが、伝票量が多い場合はかなり厳しいかと思います。

そもそも領収書や請求書にインボイスの番号が書かれてあったとして、それが本当に正しい番号なのかは分からない。相手を信じてそのまま通すのか、国税データベースと照合して確認するのか、1回目確認したら2回目は確認しなくていいのか。「どこまでやるのか」という線引きに悩んでいるというのが、経理担当者の本音ではないでしょうか。

 お悩みポイントがリアルに伝わってきました。今後想定される「経理のつらみ」として他に浮かぶものはありますか? 

松岡 そうですね。「つらみ」としてすぐに浮かぶのは、「明らかに適格事業者であるであろう事業規模の取引先から届いた請求書に登録番号が“ない”こと」。現場の担当者に差し替えの連絡をお願いしなければならず、嫌がられてしまう。これは、すでに相当起き始めていると思います。

 こんな請求書が何枚も届いたら、つらいですね。

松岡 問い合わせが面倒だからと控除不能で処理すると、今度は事業部側の支出が増えることになるので、後から「こんなの予算に入っていない」と問題になってしまいます。どっちにしてもつらいですね。

 インボイスでない請求書が届いた場合の控除不能額を合計すると、かなりの額になってしまうということもありうるんですか?

松岡 あります。当社も控除不能額を見積もったら、それなりのインパクトが予想されたので、予算には織り込んでいます。

 これは困りますね。経過措置が行われている中での金額でもあるとすると、今後はもっと増えるということですね。

松岡 そうです。控除不能額を圧縮するために、「適格事業者としか取引しない」と方針を打ち出す会社もあるようですが、これは現実的とは思えません。急いでいるときは目の前を通ったタクシーに乗るし、行きつけのお店には変わらず通うと思います。

 そう簡単には割り切ることはできないものですね。

松岡 あと、「経理のつらみ」としてもう一つ挙げると、今回のインボイス制度によるルールチェンジとその影響は、今年限りではなくずっと続くということです。現場の方にご理解いただくためのコミュニケーションをずっと続ける必要があるし、新しい人が入ってくるたびに「インボイス制度というものはですね」と制度の概要から運用ルールまで、繰り返し説明しないといけない。マネーフォワードでは9月に全社向けの説明会を実施しましたが、コレを毎年実施するのは効率が悪い。

 なので9月に実施した説明会で動画も撮って、いつでもおさらいできるようにしたんですよね。制度やフローを浸透させるには社員へのコミュニケーションが重要ですね。

松岡 はい。個別のQ&Aも社内SNSで共有して、ノウハウを積み上げていっています。インボイス対応のノウハウという“無形固定資産”を社内に蓄積していけるかどうかが、今後の経理の命運を握るはずです。そうした積み重ねをしなければ、毎回口頭で説明しなければならない。消費税の仕組みは今までは経理だけが理解して処理対応をすればよかったのですが、インボイス制度によってこれからは全部門全社員が自分ごとになる。だからこうした混乱や、面倒な作業も増えちゃうんです。

 僕もよく経営者仲間から聞かれるんですよ。「辻さん、インボイス制度って社長の僕もよく分からなくて、経理も『どうしたらいいか分かりません』って嘆いていて、めっちゃ大変そうなんですけど。マネーフォワードのサービス使ったら解決するんですか?」って。もちろん楽になる面もありますし、楽にしていくために僕らもサービス開発、機能提供をしてます。ただ、正直に「いやー、単にサービスを導入するだけじゃ厳しい面もあると思いますよ」返していて、この答えで合っていますか?

松岡 合っています。ここまでくどいほど事例を挙げてきたように、インボイス制度にまつわる種々の業務は、一つのサービスを導入したら丸っと解決できるものではありません。規約の修正や請求フローの変更など、イレギュラー対応がどうしても生じます。

ただし、テクノロジーによって解決できる部分も多くあって、先ほど申し上げたAI-OCRを活用して番号認識を自動で任せ、浮いた分の時間をイレギュラー対応に充てていくという効率化は可能です。

 テクノロジーと人間と、それぞれの得意分野で分業していくということですね。

松岡 個別対応や社内教育、部門間連携など、人間にしかできないことが、むしろ明確になるのがインボイス制度と言えるかもしれません。システムで対応できるところは手放し、本来人間がやるべきコミュニケーションやオーダーメイドの調整に力を注ぐ分業が進めば、経理の仕事もよりクリエイティブに、面白くなる可能性があります。

 つらい話も多かったですが、なんだかスッキリしました。今回のnoteで「インボイス制度って大変ですよね。だからマネーフォワードのサービスを」という発信だけは絶対にしたくなかったんですよ。

僕らのサービスだけでは不完全であり、業務効率化や本質的な業務への集中できる働き方のブラッシュアップのきっかけとして活用していただけるとうれしいですね。

松岡 私もそう思います。膨大な業務に追われて破綻するのか、より生産性の高い組織へと変われるのか、インボイス制度を契機に、日本の企業は重要な分岐点を迎えているとも言えます。なんとかうまく乗り切っていきたいですよね。

そして、この流れにおいては、経理プロセスのデジタル化が進んでいる企業には、かなりアドバンテージがあります。紙ベースの領収書からポチポチと手入力をしているプロセスだったら、そもそもAIの画像認識技術を使うこともできないので。

今からやるべき第一歩としては、まずは「経理プロセスのDX」をお勧めしたいです。インボイスなど上流の情報がデジタル化すれば、会計財務情報や他の情報もデジタル化が進み、経営数値のリアルタイム把握や、改善のPDCAサイクルが早くなり、経営の改善スピードが早くなる、となっていくと、企業の力になっていくと思います。

 松岡さんから数々の「経理のつらみ」を聞いてきて、それを軽減するために我々も一層頑張らないといけないなと身が引き締まりました。勉強になりました! 

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